条文・判例・学説を体系的に整理
高校教育の裁量と学習指導要領・教科書
最判平成2年1月18日は、高等学校においても、国が教育の一定水準を維持しつつ高等学校教育の目的達成に資するために教育内容及び方法について遵守すべき基準を定立する必要があり、法規によって基準が定立されている事柄については教師に認められるべき裁量にもおのずから制約が存するとし、教科書使用義務違反を懲戒事由に当たる法規違反として扱った。
平成2年1月18日最高裁第一小法廷民集44巻1号1頁(行政処分取消)
教育を受ける権利の社会権・自由権性
教育を受ける権利は、国家に対して合理的な教育制度の整備とそこでの適切な教育を要求する社会権的側面を有するだけでなく、国民が教育を受ける自由を国家から妨げられないという自由権的側面をも有する。
旭川学テ判決の普通教育の教授の自由
普通教育における教師にも、教授の具体的内容及び方法についてある程度の自由が認められるが、完全な教授の自由を認めることはできない。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
旭川学テ判決と国の教育内容決定権能
国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、憲法上、子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
国家教育権説と議会制民主主義
教育行政機関は法律の授権に基づいて公教育における教育の内容及び方法について決定権限を有するとする見解は、国民全体の教育意思は議会制民主主義の下では国会の法律制定を通じて具体化されるべきであることを根拠とする。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
高校教師の教育の自由と生徒の批判能力
高校生に教師の教育内容を批判する十分な能力がなく国が教育の一定水準を維持する必要があるとの考えは、教師の裁量を制約する方向の論拠であり、教師に教育の具体的内容・方法についての広い裁量を認める見解の根拠とはならない。
義務教育の無償の範囲と親の教育義務
憲法26条2項後段の「義務教育は、これを無償とする」は授業料不徴収を意味すると解されるが、義務教育は単なる国家的要請ではなく親が本来有している子女を教育すべき義務を全うさせようとする趣旨のものであることは、その根拠となり得る。
昭和39年2月26日最高裁大法廷民集18巻2号343頁(義務教育費負担請求)
普通教育を受けさせる義務
憲法26条2項は国民がその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うことを定めており、この義務の履行を確保するために法律により制裁規定を設けることは許容される。
教育の自由と義務教育
判例は、親は子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち子女の教育の自由を有するが、このような親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものとしており、親の教育の自由は、子女に普通教育を受けさせる憲法上の義務を免れさせるものではない。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
教師の教授の自由と国の教育内容介入
学問の自由は学問研究の自由とその研究結果の発表の自由だけでなく教授する自由をも含むが、高等学校以下の普通教育における教師の教授の自由には一定の限界があり、国は必要かつ相当な範囲で教育内容を決定する権能を有する。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
子どもの学習権と教育内容決定権
憲法26条が子どもの学習権を保障していることから、教育の内容及び方法を誰がいかにして決定し得るかという問題に対する一定の結論が当然に導き出されるわけではない。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
親の教育の自由と学校選択の自由
親の教育の自由は主として家庭教育等の学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと解される。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
学習指導要領の法的拘束力
国が一定の教育水準確保のために定立する学習指導要領は、教育の機会均等と全国的な教育水準の維持の目的から、中学校のみならず高等学校についても法的拘束力を有すると解される。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
教育を受ける権利の保障
憲法26条1項はすべて国民はその能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有すると定め、同条2項はすべて国民はその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと規定する。
教師の裁量の限界
普通教育における教師に完全な教授の自由は認められず、教授の具体的内容・方法についての裁量にもおのずから制約があるから、自分の考えと異なるとして教科書を使用しないで授業を行ったり、全員に一律の成績評価を行ったりすることは、教師に認められる裁量の範囲を超える。
平成2年1月18日最高裁第一小法廷民集44巻1号1頁(行政処分取消)
子どもの学習権
憲法26条の規定の背後には、自ら学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するために、教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するという観念が存在する。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
義務教育の無償の範囲
憲法が義務教育の無償を規定している場合、そこで無償とすることが求められているのは授業料であり、教科書代や文房具代、給食費等就学に必要な一切の費用まで意味するものではない。
昭和39年2月26日最高裁大法廷民集18巻2号343頁(義務教育費負担請求)
保護する子女への普通教育就学義務
憲法26条2項前段は、国民がその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと定めており、子ども自身に教育を受ける義務を負わせるものではない。
学習権の保障
国民各自は、一個の人間として、また一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習する固有の権利を有し、特に子どもは、そのための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有する。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)
子どもの人格形成を妨げる国家介入の限界
個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入は許されない。
昭和51年5月21日最高裁大法廷刑集30巻5号615頁(建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反)