条文・判例・学説を体系的に整理
単純遺棄の作為限定と保護責任者の遺棄
刑法217条の遺棄は作為に限られるが、同法218条の遺棄は作為と不作為を含むと解する見解に対しては、「遺棄」という同一の文言の解釈が隣接する条文で異なることになるとの批判がある。
遺棄の不作為包含説と作為義務の区別
刑法217条と218条の遺棄がいずれも作為・不作為による場合を意味すると解する見解に対しては、不作為による遺棄の処罰に必要となる作為義務と同法218条の保護責任の区別が困難になるとの批判がある。
遺棄の作為限定説と不保護罪の問題点
刑法217条と218条の遺棄はいずれも作為による場合に限られ、不作為による場合は不保護罪になると解する見解は、「遺棄」という同一の文言を同義に解する点では批判を免れるが、不保護で処罰される範囲が広がり、従来の不保護の概念とかけ離れすぎるという問題がある。
泥酔者と保護責任者遺棄罪の病者
高度の酩酊により身体の自由を失い他人の扶助を要する状態にあったと認められる泥酔者は、保護責任者遺棄等罪(刑法218条)にいう「病者」に当たる。
昭和43年11月7日最高裁第一小法廷集刑169号355頁(保護者遺棄致死)
保護責任者遺棄罪の生存に必要な保護
保護責任者遺棄等罪(刑法218条)が刑法上の義務として求める「その生存に必要な保護」は、要扶助者の生存に必要な保護であり、幼年者の親ならば当然に行っているような監護、育児、介護行為等の保護行為一般を行うことまでを義務として求めるものではない。
平成30年3月19日最高裁第二小法廷刑集72巻1号1頁(保護責任者遺棄致死(予備的訴因重過失致死)被告事件)
保護責任者遺棄等致死罪と結果的加重犯
保護責任者遺棄等致死罪(刑法219条・218条)は結果的加重犯であり、死亡結果について故意がある場合(殺人罪が成立する場合)は含まれない。
被害者を追い詰めた溺死と殺人罪
未必の殺意をもって、脅迫的言動を用いて被害者を護岸際まで追い詰め、逃げ場を失った被害者を川に転落するのやむなきに至らしめて溺死させた行為は、殺人罪にあたる。
昭和59年3月27日最高裁第一小法廷刑集38巻5号2064頁(殺人)
母親を道具としたインスリン不投与殺人
生命維持にインスリンの投与が必要な1型糖尿病の幼年の被害者の治療を両親から依頼された者が、両親に指示してインスリンの投与をさせず、母親が期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていたときは、未必的な殺意をもって母親を道具として利用したものとして、殺人罪が成立する。
令和2年8月24日最高裁第二小法廷刑集74巻5号517頁(殺人被告事件)
毒物入り砂糖の郵送と殺人未遂罪
致死量の毒物を混入した砂糖を、情を知らない郵便配達員を介して相手方に郵送し、相手方がこれを受領したときは、相手方が毒物の混入に気付いて食用に供しなかった場合でも、殺人未遂罪が成立する。
同意堕胎罪と緊急避難の個別性
医師でない者が妊婦の依頼を受けて堕胎手術を開始した場合、その後に生命の危険を避けるために医師が胎児を排出させて緊急避難が成立しても、緊急避難による違法性の阻却は行為者ごとに判断されるから、堕胎手術を行った者についての同意堕胎罪の成否には当然には影響しない。
追死の欺罔を用いた殺人の間接正犯
追死を装われた被害者が行為者の言葉を信じ込み、その意思どおりに行動して毒物を服用した場合には、被害者は行為者の道具となったといえるから、行為者に殺人罪の間接正犯が成立する。
追死の欺罔による承諾無効説と殺人罪
追死を装った欺罔による承諾は無効であるとする見解に立てば、その承諾を得て被害者の頸部を絞めて窒息死させた者には、刑法202条の罪ではなく殺人罪(刑法199条)が成立する。
昭和33年11月21日最高裁第二小法廷刑集12巻15号3519頁(殺人、業務上横領)
被害者が自ら毒物を服用する場合と間接正犯
被害者の承諾が無効であると考える場合でも、被害者が自ら毒物を服用して死亡したときは、殺人罪の成否について、行為者が被害者を道具のように利用した間接正犯といえるかを更に検討する必要がある。
追死の欺罔による承諾有効説と罪名
追死を装って死の承諾を得た事案で、被害者が自己の死を認識し承諾していた点を重視して承諾を有効とする見解に立てば、殺人罪(刑法199条)は成立せず、同意殺人罪(刑法202条)が成立する。
性病の感染と傷害罪(相手方の同意)
性病を感染させる危険があると認識しながら、その情を秘して性行為を行い、相手方に性病を感染させた場合には、相手方が性行為自体には同意していても、傷害罪が成立する。
昭和27年6月6日最高裁第二小法廷刑集6巻6号795頁(傷害、性病予防法違反)
暴行罪における暴行の意義(接触の要否)
暴行罪にいう暴行とは人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいい、相手方の眼前に抜き身の日本刀を突き付けるなど、有形力が相手方の身体に接触しなくても、暴行罪が成立し得る。
昭和29年8月20日最高裁第二小法廷刑集8巻8号1277頁(暴力行為等処罰に関する法律違反)
大音量による暴行罪の成立
相手方の意思に反して、その身辺近くで楽器を大音量で鳴らし続けた場合には、人の身体に対して不法な攻撃を加えたものとして暴行罪が成立し得る。
昭和29年8月20日最高裁第二小法廷刑集8巻8号1277頁(暴力行為等処罰に関する法律違反)
保護責任と作為義務の関係
保護責任者遺棄罪の「保護する責任」と不真正不作為犯における作為義務を同一視する見解に対しては、作為義務が加重処罰の要件と同視されることへの批判がある。
遺棄罪の成立と生命の具体的危険
保護責任者遺棄罪は、要扶助者の生命に対する具体的危険が生じなくても成立し得る。
頭髪切断行為と暴行罪・傷害罪の区別
はさみを用いて被害者の頭髪を切断する行為は人の生理的機能を害するものではないから傷害罪は成立せず、暴行罪が成立するにとどまる。
明治45年6月20日大審院刑録18巻896頁(傷害ノ件)