条文・判例・学説を体系的に整理
侵害の存在の誤信と誤想防衛の処理
急迫不正の侵害がないのにあると誤信した場合には、誤想防衛が問題となり、違法性阻却事由を基礎付ける事実の存在についての誤信であるから事実の錯誤として故意が阻却され、誤信したことについて過失があったと認められれば、過失犯が成立する。
誤想過剰防衛と故意犯の成立(判例)
誤想過剰防衛の事案では、過剰事実(防衛手段として相当性を超える行為)についての認識がある場合には、行為者の認識内容は過剰防衛であって違法性を基礎付ける事実の認識があるため、故意犯が成立する。
昭和62年3月26日最高裁第一小法廷刑集41巻2号182頁(傷害致死)
誤想過剰防衛と過剰防衛の刑の減免
誤想過剰防衛の場合には、刑法36条2項が準用され、情状により刑が減軽又は免除され得る。
対物防衛と「不正の侵害」の意義
飼い主に故意・過失がない場合の動物の攻撃に対する反撃について、正当防衛における「不正の侵害」を人間の行為に限られると考える見解によれば、正当防衛の成立を認めず、緊急避難の成否が問題になるが、この見解に対しては、補充性と法益均衡を必要とする緊急避難の限度でしか対抗できないのでは攻撃を受けた側(反撃者)の保護が不十分であるとの批判がある。
飼い主に故意過失がある動物への反撃
動物の飼い主に故意又は過失がある場合には、その動物の攻撃を飼い主の行為による侵害(不正の侵害)と評価できるので、正当防衛の成立を認め得て、動物の攻撃への反撃の法的処理に不都合はない。
誤想防衛と正当防衛
急迫不正の侵害がないのにあると誤信して防衛の意思で反撃した場合(誤想防衛)には、客観的に急迫不正の侵害がないから正当防衛は成立しないが、事実の錯誤として故意が阻却される。
昭和62年3月26日最高裁第一小法廷刑集41巻2号182頁(傷害致死)
正当防衛の急迫性と法益侵害の切迫
刑法36条1項の「急迫」の侵害とは、法益の侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていることをいい、侵害を予期している者が、侵害が間近に押し迫っていない段階で相手方に加害行為をした場合には、正当防衛は成立しない。
昭和52年7月21日最高裁第一小法廷刑集31巻4号747頁(兇器準備集合、暴力行為等処罰に関する法律違反)
緊急避難の要件(補充性・法益均衡)
緊急避難は、自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為であり、生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰せず、「やむを得ずにした」には補充性が、「害の程度を超えなかった」には法益の均衡が必要とされる。
緊急避難に当たる行為に対する正当防衛
緊急避難は法益均衡(生じた害が避けようとした害の程度を超えないこと)を要件としていることから違法性阻却事由と解する立場では、緊急避難に当たる行為は適法な行為であって不正の侵害に当たらないから、これに対して正当防衛は成立し得ない。
防衛行為と連続追撃行為の全体的考察
急迫不正の侵害に対する反撃行為(第1暴行)に続けて、侵害終了後に、専ら攻撃の意思に基づく追撃行為(第2暴行)に及んだときは、両暴行は侵害の継続性及び防衛の意思の有無の点で性質を異にするから、時間的・場所的に連続していても、全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めることはできない。
平成20年6月25日最高裁第一小法廷刑集62巻6号1859頁(傷害被告事件)
追撃行為の一体評価説と分断評価説
急迫不正の侵害に対する反撃行為に続く侵害終了後の追撃行為については、防衛の意思が継続している限りで両暴行を一体的に評価して1個の過剰防衛とする見解、第1暴行を正当防衛、第2暴行を単なる違法行為として分断する見解、防衛の意思が継続している限りで第1暴行を正当防衛、第2暴行を過剰防衛とする見解がある。
正当防衛における「権利」の範囲
刑法36条1項の「権利」には、個人の生命、身体、自由のみならず、財産も含まれる。
防衛の意思と攻撃の意思の併存
防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではないので、正当防衛のための行為と評価することができ、防衛の意思が攻撃の意思に対して主たる動機である必要はない。
昭和50年11月28日最高裁第三小法廷刑集29巻10号983頁(殺人未遂)
防衛手段の相当性(凶器の有無)
刑法36条1項の「やむを得ずにした行為」とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、防衛手段として必要最小限度のものであり相当性を有することをいい、侵害者が凶器を持たない場合に、凶器を持たずに対抗しなければならないという意味ではない。
昭和44年12月4日最高裁第一小法廷刑集23巻12号1573頁(傷害)
緊急避難と国家的・公共的法益
緊急避難は、個人的法益に対する危難に限られず、国家的・公共的法益に対する危難についても、国家・公共の機関の有効な活動を期待できない極めて緊迫した場合に限り、例外的に成立し得る。
昭和24年8月18日最高裁第一小法廷刑集3巻9号1465頁(傷害)
緊急避難の補充性
緊急避難における「やむを得ずにした行為」とは、当該避難行為をする以外に他に方法がなく、その行動に出たことが条理上肯定できる場合をいい、正当防衛の「やむを得ずにした行為」における相当性だけでは足りない。
昭和24年5月18日最高裁大法廷刑集3巻6号772頁(脅迫)
誤想防衛と正当防衛の成否
急迫不正の侵害がないのにあると誤信して防衛の意思で反撃行為を行った場合(誤想防衛)、正当防衛は成立しない。
昭和62年3月26日最高裁第一小法廷刑集41巻2号182頁(傷害致死)
自招侵害と正当防衛
自ら因縁を付けて相手方の侵害を招いた場合であっても、正当防衛又は過剰防衛が一律に成立しなくなるわけではなく、侵害の具体的状況・態様等に応じて成否が判断される。
平成20年5月20日最高裁第二小法廷刑集62巻6号1786頁(傷害被告事件)
侵害の予期と急迫性
対立する者から襲撃を受けることを予期し凶器を準備していた場合であっても、それだけで侵害の急迫性が否定されるわけではなく、積極的加害意思の有無等の事情を総合的に考慮して判断される。
平成29年4月26日最高裁第二小法廷刑集71巻4号275頁(殺人,器物損壊被告事件)
急迫性と法益侵害の現在性
刑法36条1項における『急迫』とは、法益の侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていることをいう。
昭和46年11月16日最高裁第三小法廷刑集25巻8号996頁(殺人)