条文・判例・学説を体系的に整理
延焼を惹起する状態と現住建造物放火未遂
現住建造物を焼損しようと考え、これに隣接する無人の倉庫に放火し、その燃焼作用により現住建造物への延焼を惹起すべき状態を作出した場合には、現住建造物は焼損しなかったとしても、現住建造物等放火未遂罪が成立する。
強盗罪の占有取得と既遂時期
被害者を縛り上げて抵抗できない状態にした上で金庫内の現金をバッグに詰め込んだ場合には、被害者方の外に出ることができなかったとしても、強盗既遂罪が成立する。
昭和24年12月3日最高裁第二小法廷刑集3巻12号1865頁(強盗、住居侵入)
保険金請求前の放火と詐欺未遂の成否
保険金を詐取しようと考え、自己が居住する建物に放火して全焼させたが、放火の被疑事実で逮捕され保険金を請求するに至らなかった場合には、詐欺罪の実行の着手(欺罔行為の開始)がないから、詐欺未遂罪は成立しない(放火罪が成立するにとどまる)。
未遂犯の刑の減免(刑法43条)
刑法43条は、犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者はその刑を減軽することができ、ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除すると定める。
未遂処罰の明文と背任罪・横領罪
刑法44条は、未遂を罰する場合は各本条で定めると規定しており、背任罪の未遂は250条により処罰されるが、横領罪(252条以下)には未遂を罰する規定がないので、横領罪の未遂は処罰されない。
土蔵への侵入窃盗と実行の着手時期
土蔵のように内部が財物を保管するためにだけ用いられている場所への侵入窃盗では、侵入行為に取り掛かった時点で内部の財物が窃取される現実的危険性が生じていると考えられるから、侵入行為に取り掛かった時点で窃盗の実行の着手が認められるとする裁判例がある。
誤配達と狙った相手に対する殺人未遂罪
毒入り酒を発送したが、誤った宛先(別人の住所)に配達され、狙った相手に到達しなかった場合、その相手に対する殺人の実行の着手は認められず、その相手に対する殺人未遂罪は成立しない。
大正7年11月16日大審院刑録24巻1352頁
不能犯の危険感基準と印象処罰批判
一般人が結果発生の危険を感じるか否かを基準とする見解に対しては、一般人の危険感という印象によって未遂犯処罰を決めることになるとの批判が成り立つ。
絶対的不能・相対的不能説による区別
結果発生の危険性を事後的客観的に判断する見解のうち、結果発生の絶対的不能・相対的不能によって未遂犯と不能犯を区別する見解によれば、身体的条件等によっては死亡の危険があった空気注射の事例は相対的不能にとどまり、殺人未遂罪が成立する。
不能犯の事後的客観判断への批判
結果発生の危険性を事後的客観的に判断する考え方を徹底すれば、結果が発生しなかった原因を解明できた場合には結果発生は不可能であったことになり、すべて不能犯となってしまうとの批判が成り立つ。
仮定的事実の存在可能性と不能犯
結果が発生しなかった原因を究明すると同時に、いかなる事情があれば結果発生があり得たかを明らかにし、結果発生をもたらす仮定的事実が存在し得た可能性を判断して、未遂犯と不能犯を区別する見解がある。
空気注射と具体的危険説
行為時に一般人が認識し得た事情と行為者が特に知っていた事情を基礎として、一般人が結果発生の危険を感じる場合に未遂犯を認める見解(具体的危険説)に立てば、致死量未満の空気を注射した事例では、一般人は危険を感じるから、殺人未遂罪が成立する。
昭和37年3月23日最高裁第二小法廷刑集16巻3号305頁(殺人未遂)
実行の着手の判断基準
実行の着手は犯罪の実行行為自体の開始に限られず、実行行為に密接で被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為の開始によっても未遂罪は成立しうる。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
詐欺罪の着手と犯行計画の考慮
詐欺罪の実行の着手を判断する際には行為者の犯行計画を考慮することが前提とされる。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
一連のうそと詐欺罪の着手時期
段階を踏んで行われる一連のうその中で、現金の交付を求める行為に直接つながるうそが含まれている場合、現金交付を求める文言を述べていなくても実行の着手が認められうる。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
詐欺罪の着手と財物交付要求の要否
詐欺罪の実行の着手が認められるためには必ずしも財物交付要求行為が必要ではない。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
詐欺罪の着手と一連の欺罔行為
最判平成30年3月22日は、段階を踏んで重ねられる一連のうそを述べた段階で詐欺罪の実行の着手を認めたものであり、本件うそとその後に予定されたうそを述べる行為全体を一連の欺く行為と捉える立場と矛盾しない。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
電話による一連のうそと詐欺罪の着手
最判平成30年3月22日は、1回目と2回目の電話で述べた各うそを一連のものとして被害者に述べた段階で、詐欺罪の実行の着手を認めた。
平成30年3月22日最高裁第一小法廷刑集72巻1号82頁(詐欺未遂被告事件)
間接正犯の被利用者基準説と毒物宅配
間接正犯の実行の着手を被利用者の行為を基準として判断する考え方(被利用者基準説)によれば、毒物を宅配業者に託して被害者宅に配達させる場合に、配達前に毒物が破損・廃棄されたときは、実行の着手が認められず殺人未遂罪は成立しない。
殺人未遂の結果発生蓋然性説と毒物宅配
結果発生の一定の蓋然性が生じれば未遂犯の成立を認める考え方によれば、毒物を宅配業者に託して被害者宅に配達させる場合、一般的な宅配業務の実情から配達の申込み時点で到着がほぼ確実といえるなら、その時点で殺人未遂罪が成立し得る。