条文・判例・学説を体系的に整理
司法権の範囲と英米法的観念
憲法76条1項の「司法権」には、民事・刑事事件の裁判権のほか、行政庁の公権力の行使に対する不服の争訟などの行政事件の裁判権も含まれると解されているが、これは行政事件を通常裁判所の管轄に含める英米法に由来する考え方であり、行政裁判所を別系統に置いたフランス、ドイツなどヨーロッパ大陸諸国の制度に由来するものではない。
特別裁判所の意義と裁判官弾劾裁判所
憲法76条2項前段の「特別裁判所」とは、特別の事件について裁判するために通常の裁判所の系列から独立して設けられる裁判機関をいい、裁判官弾劾裁判所(憲法64条)は特別裁判所に当たるが、憲法自身が設置を認める例外である。
法律上の争訟の意義(裁判所法3条)
裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は裁判所法3条にいう「法律上の争訟」すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であってかつそれが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。
昭和56年4月7日最高裁第三小法廷民集35巻3号443頁(寄附金返還)
宗教法人の内部紛争と司法権の限界
特定の者の宗教活動上の地位の存否を審理・判断するにつき宗教団体の教義ないし信仰の内容に立ち入って審理・判断することが必要不可欠である場合には、裁判所はその者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理・判断することができず、その結果宗教活動上の地位に基づく宗教法人の代表役員の地位の存否についても審理・判断することができないから、その代表役員の地位の存否の確認を求める訴えは、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらない。
平成5年9月7日最高裁第三小法廷民集47巻7号4667頁(代表役員等地位不存在確認)
裁判員制度と国民主権
裁判員制度は国民主権の理念に沿って司法の国民的基盤の強化を図るものであり、裁判員の職務等が司法権の行使に対する国民の参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであることからすると、裁判員の職務等を憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たるというのは必ずしも適切ではない。
平成23年11月16日最高裁大法廷刑集65巻8号1285頁(覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件)
国家試験の合否判定
国家試験における合否の判定は学問上又は技術上の知識能力意見等の優劣当否の判断を内容とする行為であるから、試験実施機関の最終的判断に委ねられるべきものであり、裁判所の審査権は及ばない。
昭和41年2月8日最高裁第三小法廷民集20巻2号196頁(国家試験合格変更又は損害賠償請求事件)
証人尋問と衝立の設置
判例によれば、刑事事件の証人尋問の際に、傍聴席と証人との間に衝立を置くなどして傍聴人から証人を見ることができないようにすることは、審理を公開することの意義を没却するものではなく、憲法82条に違反しない。
平成17年4月14日最高裁第一小法廷刑集59巻3号259頁(傷害,強姦被告事件)
法廷内のメモと取材の自由
傍聴人が法廷においてメモを取る行為は、その見聞する裁判についての認識、記憶を確実なものにするためのものであり、尊重に値し筆記行為の自由は憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるが、絶対の権利として保障されるものではない。
平成元年3月8日最高裁大法廷民集43巻2号89頁(メモ採取不許可国家賠償請求事件)
裁判の公開の原則
憲法82条1項は裁判の対審及び判決は公開法廷で行うと規定しており、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。
平成元年3月8日最高裁大法廷民集43巻2号89頁(メモ採取不許可国家賠償請求事件)
非公開審理と判決の公開
裁判所が裁判官の全員一致で公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決することにより傍聴人を退廷させて審理をすることができる場合であっても、判決の言渡しは傍聴人を入廷させてしなければならない。
裁判員制度の合憲性
判例は、憲法が定める刑事裁判の諸原則が厳格に遵守されるためには高度の法的専門性が要求されること、及び憲法が裁判官の職権行使の独立と身分保障のために周到な規定を設けていることなどから、憲法は刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定しているとの見解に立ちつつも、一般の国民を刑事裁判に参加させる裁判員制度を合憲であるとした。
平成23年11月16日最高裁大法廷刑集65巻8号1285頁(覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件)
特別裁判所の禁止と専門裁判所
憲法76条2項前段は特別裁判所の設置を禁止しており、大日本帝国憲法60条が特別裁判所を認めていたのと異なり、司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する(76条1項)から、行政事件や労働事件など特定の種類の事件を専門に扱う裁判所であっても、通常裁判所の系列に属する下級裁判所として法律により設置するのであれば特別裁判所には当たらず違憲とならない。
行政機関による終審裁判の禁止
憲法76条2項後段は「行政機関は、終審として裁判を行ふことができない」としているところ、前審であれば行政機関による裁判も認められ、例えば人事院の公平審査に係る裁決は、これを不服とする場合に司法裁判所への出訴が認められることから、違憲とはならない。
司法権の範囲
憲法76条1項はすべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属すると定めている。
最高裁判所の規則制定権と裁判官の拘束
憲法77条1項は最高裁判所に訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について規則を定める権限を与えており、憲法76条3項の「法律」は国会の制定する狭義の法律に限らず裁判所規則(憲法77条)を含むすべての法規を意味すると一般に解されているから、同項は、裁判官を対象とする事項を規則で定めることの妨げにならない。
最高裁判所規則の対象事項の広がり
最高裁判所の規則制定権の対象には訴訟に関する手続や弁護士に関する事項が含まれ、裁判所の内部事項に限定されない点で、内部の規律に関する規則にとどまる議院規則とは異なる性質を有する。
「訴訟に関する手続」と非訟事件
非訟事件手続法2条が非訟事件の手続に関し必要な事項を最高裁判所規則で定めるとしていることは、非訟事件の手続が憲法77条1項の「訴訟に関する手続」に含まれないとの立場を前提とするものではない。
最高裁判所規則と法律の関係
最高裁判所の規則制定権は憲法77条1項に基づく独自の権限であるが、法律と規則が競合する場合の優劣については見解が分かれている。
裁判公開原則の法的性格
憲法82条1項の公開原則が制度としての保障であるか権利としての保障であるかについて争いがあるが、判例は制度的保障として位置付けており権利としての保障とは解していない。
平成元年3月8日最高裁大法廷民集43巻2号89頁(メモ採取不許可国家賠償請求事件)
裁判公開の意義
憲法82条1項の「公開」とは、訴訟関係人に審理に立ち会う権利と機会を与えることではなく、一般公衆が傍聴できることを意味する。