2020年 司法試験 論文式 労働法 第1問
問題
配点 50点[労 働 法]
〔第1問〕(配点:50)
次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。
【事 例】
情報技術を用いた情報処理を業とするY社は,平成29年5月1日,Xとの間で,基本給を月額40万円とし,雇用期間を同30年10月31日までとする期間の定めのある雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。Y社の就業規則は,労働時間を1日8時間,1週40時間と,休日を土曜日・日曜日・国民の祝日などとそれぞれ定め,賃金の計算期間を毎月1日から末日までとし,毎月10日に前月分の賃金を支払うことを定めていた。
本件雇用契約には,基本給を前記のとおりとした上で,1か月間の労働時間の合計(以下「月間総労働時間」という。)が180時間を超えた場合には,その超えた時間数に対して1時間当たりの一定額(2500円)を乗じて得た額の賃金を,基本給に加えて支払うこととし,月間総労働時間が140時間に満たない場合には,その満たない時間数に対して一定額(2500円)を乗じて得た額を,当該月の基本給額から控除して支給する旨の約定(以下「本件約定」という。)が付されていた。その趣旨は,本件約定が適用される者については,1月から12月までの月ごとの休日を除く勤務すべき日数の多寡にかかわらず,標準の月間総労働時間を160時間とし,被用者の月間総労働時間がこれに満たない場合であっても,140時間を下回らない限りは,基本給の額を支給することとする一方で,標準の月間総労働時間を超えて勤務をしても,180時間を超えない限りは,基本給に時間外勤務手当が上乗せされないというものであった。
Xは,本件約定の存在を認識し,その内容を理解した上で,前記の内容が明記された本件雇用契約の契約書に,署名・押印をした。Xが署名・押印をしたのは,前記の基本給は比較的高額であると評価できたこと,本件約定による労働時間制は変則的ではあるものの,160時間を標準の月間総労働時間として念頭に置きつつ,自分の勤務時間を適宜調節する柔軟性があるように思われたことなどからであった。
Xは,平成29年5月1日から同30年10月31日までの間の各月において,いずれも1週間当たり40時間を超える労働又は1日当たり8時間を超える労働を行った。同期間の各月の月間総労働時間は,平成29年6月にあっては180時間を超えたが,それ以外の各月にあっては180時間以内であり,140時間に満たない月はなかった。Y社は,Xに対し,平成29年6月分については本件約定に基づき月間総労働時間数のうち180時間を超える時間数に2500円を乗じた額の時間外勤務手当を基本給に加えて支給したが,それ以外の各月については基本給の額のみを支払った。Xは,平成30年10月31日にY社を退職した。Y社では,Xの在職期間中,本件約定のほかに,変形労働時間制やフレックスタイム制は採用していなかった。
なお,Xの在職期間中の各月について1日8時間の勤務をした場合のそれぞれの月間総労働時間は,当該各月において休日を除く勤務すべき日数が異なることに伴い変動するものの,おおむね140時間から180時間までの間であった。また,月間総労働時間が180時間を超えた場合において支払われた前記の一定額は,通常の賃金の時間単価額の125%増しの額に対して,月間総労働時間のうち180時間を超えた時間数を乗じた額を超える額であった。さらに,Xの時間外労働時間(「時間外労働」とは,法定労働時間を超える時間の労働をいう。以下同じ。)の合計が60時間を超える月はなかった。
Xは,月間総労働時間が180時間を超えた月の労働時間のうち180時間を超えない部分における時間外労働及び月間総労働時間が180時間を超えなかった月の労働時間における時間外労働(以下「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」という。)に対する割増賃金が支払われていないとして,Y社に対して,当該割増賃金の支払いを請求した。
〔設 問〕
1.Xの主張に対して,Y社は,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金は,本件約定により,基本給に組み入れられており,未払いの割増賃金はないと反論した。このようなY社の反論を踏まえつつ,Xの請求の当否について論じなさい。
2.さらに,Y社は,仮に月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金の請求権がXに発生し得ると考えたとしても,Xは,本件約定を含む本件雇用契約を締結したことにより,Y社に対して当該割増賃金を請求する債権を放棄したと反論した。このようなY社の反論を踏まえ,Xの請求の当否について論じなさい。
なお,1,2を通して,割増賃金債権の消滅時効については論じなくてよい。
出典:法務省「2020年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。