2012年 司法試験 論文式 労働法 第2問
問題
配点 50点〔第2問〕(配点:50)
次の事例を読んで,後記の設問に答えなさい。
【事 例】
1 Y社は,事務所用家具のインターネット販売を主な事業とする株式会社であり,従業員は50名で,部長,課長及び係長の役職が設けられ,課長以上に人事考課の権限が与えられている。
2 Y社は,いわゆる薄利多売の営業でこれまで好調に売上げを伸ばしていたことから,例年4月に賃金の引上げ(ベース・アップ)を行ってきた。ところが,主要な仕入先の会社が倒産したことに伴い,従前の廉価な販売価格を維持できなくなり,平成21年の事業年度における業績が急激に悪化した。Y社の代表取締役であるAは,現在の財務状況からすれば,平成22年も多少のベース・アップは可能ではあるものの,Y社のぜい弱な財務体質からすると,同年の事業年度以降も業績が引き続き低迷した場合,早ければ平成24年にも深刻な経営難に陥る可能性があると分析し,平成22年4月のベース・アップは行うべきではないと判断した。そこで,Y社は,同年1月上旬頃,全従業員に対して,平成21年の業績悪化により平成22年4月のベース・アップは実施しない旨を書面で通知した。
3 Y社には,これまで労働組合が存在しなかったところ,部下2名を配されたY社の係長であるBは,平成21年の業績が悪化したとはいえ,ベース・アップができないほどにY社の財務状況は悪くないはずであり,ベース・アップを行わないのは不当であると考え,Y社に対してベース・アップ要求の団体交渉を行うべく,Y社の係長以下の従業員を勧誘して,平成22年1月末頃,Y社の従業員計30名でX労働組合(以下「X組合」という。)を結成し,自らその執行委員長に就任した。そして,X組合は,Y社に対し,X組合結成の旨を通知し,X組合とのベース・アップを議題とする団体交渉の開催を求めた。
Y社はこの要請に応じ,同年2月初め頃に開催された団体交渉に出席したAは,X組合に対し,「平成21年の業績が著しく悪く,現在の財務状況では,平成22年以降の業績が引き続き低迷した場合,早ければ平成24年にも従業員のリストラを検討せざるを得ないほどの経営難に陥る危険がある。そこで,本年のベース・アップを断念し,財務体質の改善に力を注ぐ必要がある。」旨,自らの判断を率直に説明した。これに対し,X組合は,Y社の財務状況に関する資料の提出を数回にわたり求めたところ,Y社はその都度,これに迅速に対応し,財務諸表等,要求された資料を全てX組合に提出した上,その後,平成22年2月中,X組合からの合計3回にわたる日時指定の団体交渉開催要請に全て応じた。これらの団体交渉では,いずれも,X組合側が「深刻な経営難に陥る危険があると言うが,提出された財務関係資料を見てもY社の説明は理解できない。合理的根拠を示して納得のいく説明をしてほしい。」などと主張したのに対し,Y社側は,「既に提出した資料をきちんと分析すれば当方の説明の合理性は明白だ。説明しようにも根拠は資料のとおりだと言うほかない。」などと述べるのみであった。
4 Bは,X組合の執行委員長として前記団体交渉の内容をX組合の全組合員に伝達するため,同月末頃,Y社の許可なく,始業時刻前に,Y社事務所において,団体交渉の日時,出席者及び交渉概要に関する記述のほか,「会社は財務状況が悪いの一点張り。」,「会社はベース・アップできない合理的根拠を示せ。」などの文言を片面印刷したA4サイズの紙1枚を印刷面を下にしてX組合の各組合員の机上に置くという方法でビラを配布した。
Y社は,Bの前記ビラ配布が,Y社の就業規則に規定された従業員の遵守事項のうち,「許可なく,社内で業務外の掲示をし,又は図書若しくは印刷物等の頒布あるいは貼付をしないこと。」との規定に違反するとともに,Y社の係長としての職責に照らして相当でない行為であるとして,前記ビラ配布の翌日,Bにつき,人事権の行使として係長職を解いて役職なしに降格し,Bにその旨を通知した。その結果,Bは,部下を持たない立場になったほか,基本給に変動はないものの,これまで支給されていた月額2万円の係長手当の支給が受けられなくなった。
5 X組合は,前記降格通知の翌日,Y社に対して,従前のベース・アップ要求に加え,Bの降格人事の撤回を要求し,団体交渉の開催を求めたところ,Aは,「Bの降格は人事権の行使であって経営権に属する事項であり,団体交渉に応じる必要はない。ベース・アップについても,合計4回の団体交渉にもX組合の資料要求にも全て応じた。双方の主張が折り合わないのは,要は,財務関係資料に基づく現在の財務状況及び今後の業績の見通しの分析・評価についての見解の相違である。そもそも,そのような分析・評価も経営者の判断事項であって,その当否を団体交渉で議論する必要はない。当方の経営判断を変えるつもりは全くないので,これ以上の団体交渉を行っても協議に進展が見られるとは思えない。」などと述べて,Y社として,X組合に対し,今後,前記要求に関する団体交渉を拒否する旨を即時に通告した。
6 そこで,X組合は,Y社に対する前記要求を外部に宣伝し,Y社を団体交渉に応じさせるべく,同年3月初め頃から,週2回,Y社の休憩時間中の午後零時30分から午後零時50分までの間,Y社事務所が所在するビルの敷地内の1階出入口外において,ビラ配布等の活動を始めた。その状況は,毎回,X組合の組合員10名余りが,同出入口外の両側に分かれて並び,同ビルを出入りする不特定者に対して,「執行委員長の降格は組合敵視の現れ。」,「会社は違法な降格人事を撤回しろ。」,「会社は団体交渉に応じろ。」,「会社はベース・アップできない合理的根拠を示せ。」などの文言を印刷したA4サイズのビラを配布しながら,同旨の文言を声高に連呼するというものであった。
このような活動が3回実施された後,Y社に対して,同ビルに事務所を置く他社等から,「取引先がビルに入りにくいと言って迷惑している。批判の相手が当社と勘違いされては企業イメージも下がり,売上げにも響く。」といった抗議がなされ,テナントから同様の苦情を受けた同ビルの管理会社からも,X組合の前記活動を中止させてほしいとの強い要請がなされるようになった。
7 Y社の人事管理の責任者である総務部長Cは,これまで前記団体交渉に毎回出席し,そもそもX組合を好ましく思っていなかった上,前記ビル出入口外の活動をこのまま続けさせてはY社の対外的な信用にも関わることから,このような活動をやめさせるべきだと考え,同月下旬頃,Aその他Y社の役員に諮ることなく独断で,終業後,X組合の組合員を順次,酒食の席に誘い,「X組合の活動はかえって会社の業績を悪化させる。今年はベース・アップがなされなくても,皆が一丸となって働いて業績を回復すれば,ベース・アップもできる。組合活動を続けていると出世にも影響するぞ。」などと話した。その数日後,Cに誘われたこれら組合員のうち5名がX組合から脱退した。
8 Bその他X組合の幹部は,X組合の組合員に対するCの働き掛けがAの意向によるX組合への組織弱体化工作であると考えてY社への反感を強め,同月末頃,始業時刻前でY社の従業員がいずれも出勤していない早朝に,Y社事務所において,Y社の許可を得ず,X組合の組合員以外の者も含めたY社の全従業員の机上に,「会社は違法な降格人事を撤回しろ。」,「会社は団体交渉に応じろ。」,「会社はベース・アップできない合理的根拠を示せ。」,「組合弱体化工作に断固抗議する。」,「A社長は違法行為の達人。」,「A社長は従業員を犠牲にして私腹を肥やす偽善者。」などの文言を片面印刷したA4サイズの紙1枚を印刷面を上にして置くという方法でビラを配布した。その後,Bらが始業時刻までの時間を潰すために一旦Y社事務所を出ている間,Y社の他の従業員よりも早く出勤したCは,前記ビラを見て,これはA個人を根拠なく誹謗中傷するもので,従業員の目に触れさせるわけにはいかないと考え,Aその他Y社の役員に諮ることなく独断で,Y社の他の従業員が出勤してくる前に,机上配布された前記ビラをX組合に無断で全て回収してしまった。
〔設 問〕
1 X組合は,Y社側の一連の対応について,いずれも不当であると考えているが,その場合,X組合として採り得る法的措置とその法律上の問題点について論じなさい。なお,B個人が当事者となる法律関係については検討しなくてよい。また,X組合が労働組合法上の労働組合に該当することを前提に論じてよい。
2 Y社は,直ちにX組合による前記ビル出入口外でのビラ配布等の活動をやめさせたいと考えているが,その場合,Y社として採り得る法的措置とその法律上の問題点について論じなさい。
出典:法務省「2012年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。