2008年 司法試験 論文式 公法系科目 第2問
問題
配点 100点〔第2問〕(配点:100)
医療法人社団であるAは,平成13年1月24日,B県の知事から,介護保険法(以下「法」という。)第94条第1項に基づく開設許可を得て,介護老人保健施設(以下「本件施設」という。)を運営してきた。本件施設は,要介護者を対象に,施設サービス計画に基づき,看護,医学的管理の下における介護及び機能訓練,その他必要な医療や日常生活上の世話を行うことを目的としている。現在,本件施設には60名が入所して利用しており,大半が70歳を超えた高齢者で,長期間の入所者である。
平成19年10月1日,本件施設を退職して間もない元職員から,B県高齢福祉課に対し,本件施設では法令上必要とされている医師が存在せず,看護師,介護職員の人数が足りていない,との通報が入った。本件施設は,法第97条第2項,第3項により,厚生労働省令(介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準。以下「省令」という。)の定める基準を満たさなければならないとされている。上記通報を契機に,同月15日,B県高齢福祉課職員(以下「B県職員」という。)が,法第100条に基づき本件施設に立ち入り,質問,報告の聴取等の調査を実施した。Aの理事長は,「ほかの施設では行政指導として実地指導が行われているにもかかわらず,いきなり法律に基づく調査を実施するのは穏当ではない。」と抗議をしたが,B県職員は,これを聞き入れることなく,調査に着手した。B県職員は,本件施設の職員から,身分や調査の趣旨を説明するよう要請されたにもかかわらず,身分証の提示を拒否し,公的な調査であり抵抗すれば罰則の対象になることを繰り返し述べた上,事務机の上にあった帳簿等書類を段ボール箱に詰めて持ち帰った。B県高齢福祉課としては,医師が存在しないという事実は確認できなかったものの,当日の調査に基づき,本件施設では,看護師数,介護職員数が不足しており,さらには,一部入所者に対する身体的拘束が常時行われているなど,法第97条第2項,第3項,省令第2条第1項,第13条第4項違反の状況が継続していると判断するに至った。
そこで,B県知事は,Aに対し,平成20年1月15日,勧告書を交付し,法第103条第1項に基づく勧告を行った。同勧告書には,同年3月24日を期限として,①省令の定める基準を遵守できるよう常勤の看護師,介護職員の人員を確保すること,②入所者に対する常時の身体的拘束をやめ,定期的に研修等を行い,身体的拘束の廃止に関する普及啓発を図ること,③上記①及び②に関する改善状況を文書で報告することの3点が記載されていた。さらに,勧告に従わない場合には,B県知事が,Aの勧告不服従を公表することがあること,措置命令や業務停止命令を発することがあることも明記されていたが(法第103条第2項,第3項),勧告の基礎となる事実は示されていなかった。
Aの理事長は,前記調査以来,B県からは,何の連絡もなく,問い合わせに一切応じてこなかった状況の中で,いきなり勧告書が交付された上,内容的にも誤っているとして,激怒した。そこで,Aは,同年3月14日,勧告が違法であると考え,勧告に応ずる意思が無い旨を回答した。
しかし,Aの理事長は,このままでは,勧告書に書かれていたように公表がされ,市民からの信頼が失われること,Aとしては多くの利用者が本件施設を離れてしまい,経営難に陥ること,仮に施設経営が立ち行かなくなれば,施設変更に伴う環境の変化や別の施設への移動により,高齢の利用者に身体面でも,精神面でも,大きな健康リスクが及ぶこと,入所者の移ることのできる施設が近隣には無いため,自宅待機となれば,入所者家族が大きな負担を負わざるを得ないことなどを懸念した。そこで,Aは,弁護士Cに訴訟提起を依頼することとした。
【資料1 法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Dの立場に立って,Cの指示に応じ,設
問に答えなさい。
なお,介護保険法,介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準,B県行政手続条例の抜粋は,【資料2 介護保険法等】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設 問〕
1. 勧告に従わなかった旨の公表がされることを阻止するために考えられる法的手段(訴訟とそれに伴う仮の救済措置)を検討し,それを用いる場合の行政事件訴訟法上の問題点を中心に論じなさい。解答に当たっては,複数の法的手段を比較検討した上で,最も適切と考える法的手段について自己の見解を明らかにすること。
2. 前記1の最も適切と考える法的手段において勧告や調査の適法性を争おうとする場合に,Aはいかなる主張をすべきかについて,考えられる実体上及び手続上の違法事由を挙げて詳細に論じなさい。
【資料1 法律事務所の会議録】
弁護士C: 本日は,Aの案件の基本処理方針を議論したいと思います。本件では調査のやり方が目を引きますね。
弁護士D: B県の説明では,通報の内容が重大なものであり,証拠隠滅も懸念された結果だということです。
弁護士C: 納得できる理屈ではありませんね。Aはいきなり調査が行われたと主張していますが,これはどういった趣旨なのですか。
弁護士D: B県の作成した調査の実施要綱によりますと,実務上は2種類の調査形態が存在するようです。一つは実地指導と呼ばれるもので,行政指導として行われる調査です。もう一つが本件で問題となっている,法律に基づく調査でして,調査に基づき勧告がされると,公表,措置命令,業務停止命令,開設許可取消しがされる可能性があります。
弁護士C: Aは調査について何を主張しているのですか。
弁護士D: 調査の手順がひどい上,その中身も誤りだというのです。具体的には,①調査が,一部の出勤簿を対象としていない上,実施された特定曜日以外に週5日働いている看護師2名,介護職員5名を計算に含めていないなど,人員の把握を誤ったものであり,本件施設は看護師数及び介護職員数についての省令の基準を満たしていたこと,②ベッドからの転倒防止を第一に考え,5時間に限って,入所者家族の同意の下に1名のベッドに柵を設置しただけであり,常時の身体的拘束には該当しないことが主張されています。
弁護士C: 調査が違法に行われたとして,そのことは勧告にどういった影響を及ぼすのか,両者の関係を整理してください。
弁護士D: 分かりました。
弁護士C: それと,勧告についてですが,Aは唐突に出された点が不満のようですね。
弁護士D: そうです。これに対し,B県の側は,手順は行政の自由であるという理解のようです。
弁護士C: それは,勧告をソフトなものととらえているからでしょうか。本件の法的仕組みの中で勧告が占める位置や,その性格からさかのぼって,どのような手続が要求されるのか,もう一度検討してください。Aの言い分からしますと,最も恐れているのは,勧告に続く公表のようですね。
弁護士D: 勧告不服従事業者として市民に公表されるのだけは避けたいようです。
弁護士C: D君には,勧告と公表の法的性格を分析した上で,採るべき法的手段について,公表を阻止する観点から検討をお願いします。
【資料2 介護保険法等】
○ 介護保険法(平成9年12月17日法律第123号)(抜粋)
(帳簿書類の提示等)
第24条 1,2 (略)
3 前2項の規定による質問を行う場合においては,当該職員は,その身分を示す証明書を携帯し,かつ,関係人の請求があるときは,これを提示しなければならない。
4 第1項及び第2項の規定による権限は,犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
(開設許可)
第94条 介護老人保健施設を開設しようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,都道府県知事の許可を受けなければならない。
2~6 (略)
(介護老人保健施設の基準)
第97条 介護老人保健施設は,厚生労働省令で定めるところにより,療養室,診察室,機能訓練室,談話室その他厚生労働省令で定める施設を有しなければならない。
2 介護老人保健施設は,厚生労働省令で定める員数の医師,看護師,介護支援専門員及び介護その他の業務に従事する従業者を有しなければならない。
3 前2項に規定するもののほか,介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準は,厚生労働大臣が定める。
4 厚生労働大臣は,前項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(介護保健施設サービスの取扱いに関する部分に限る。)を定めようとするときは,あらかじめ社会保障審議会の意見を聴かなければならない。
5 介護老人保健施設の開設者は,要介護者の人格を尊重するとともに,この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し,要介護者のため忠実にその職務を遂行しなければならない。
(報告等)
第100条 都道府県知事又は市町村長は,必要があると認めるときは,介護老人保健施設の開設者,介護老人保健施設の管理者若しくは医師その他の従業者(以下「介護老人保健施設の開設者等」という。)に対し報告若しくは診療録その他の帳簿書類の提出若しくは提示を命じ,介護老人保健施設の開設者等に対し出頭を求め,又は当該職員に,介護老人保健施設の開設者等に対して質問させ,若しくは介護老人保健施設に立ち入り,その設備若しくは診療録,帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
2 第24条第3項の規定は,前項の規定による質問又は立入検査について,同条第4項の規定は,前項の規定による権限について準用する。
3 (略)
(設備の使用制限等)
第101条 都道府県知事は,介護老人保健施設が,第97条第1項に規定する施設を有しなくなったとき,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(設備に関する部分に限る。)に適合しなくなったときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期間を定めて,その全部若しくは一部の使用を制限し,若しくは禁止し,又は期限を定めて,修繕若しくは改築を命ずることができる。
(業務運営の勧告,命令等)
第103条 都道府県知事は,介護老人保健施設が,その業務に従事する従業者の人員について第97条第2項の厚生労働省令で定める員数を満たしておらず,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準(運営に関する部分に限る。以下この条において同じ。)に適合していないと認めるときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期限を定めて,第97条第2項の厚生労働省令で定める員数の従業者を有し,又は同条第3項に規定する介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準を遵守すべきことを勧告することができる。
2 都道府県知事は,前項の規定による勧告をした場合において,その勧告を受けた介護老人保健施設の開設者が,同項の期限内にこれに従わなかったときは,その旨を公表することができる。
3 都道府県知事は,第1項の規定による勧告を受けた介護老人保健施設の開設者が,正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかったときは,当該介護老人保健施設の開設者に対し,期限を定めて,その勧告に係る措置をとるべきことを命じ,又は期間を定めて,その業務の停止を命ずることができる。
4 都道府県知事は,前項の規定による命令をした場合においては,その旨を公示しなければならない。
5 (略)
(許可の取消し等)
第104条 都道府県知事は,次の各号のいずれかに該当する場合においては,当該介護老人保健施設に係る第94条第1項の許可を取り消し,又は期間を定めてその許可の全部若しくは一部の効力を停止することができる。
一~八 (略)
九 前各号に掲げる場合のほか,介護老人保健施設の開設者が,この法律その他国民の保健医療若しくは福祉に関する法律で政令で定めるもの又はこれらの法律に基づく命令若しくは処分に違反したとき。
十~十二 (略)
2,3 (略)
第14章 罰則
第209条 次の各号のいずれかに該当する場合には,その違反行為をした者は,30万円以下の罰金に処する。
一 (略)
二 第42条第3項,第42条の3第3項,第45条第8項,第47条第3項,第49条第3項,第54条第3項,第54条の3第3項,第57条第8項,第59条第3項,第76条第1項,第78条の6第1項,第83条第1項,第90条第1項,第100条第1項,第112条第1項,第115条の6第1項,第115条の15第1項又は第115条の24第1項の規定による報告若しくは帳簿書類の提出若しくは提示をせず,若しくは虚偽の報告若しくは虚偽の帳簿書類の提出若しくは提示をし,又はこれらの規定による質問に対して答弁をせず,若しくは虚偽の答弁をし,若しくはこれらの規定による検査を拒み,妨げ,若しくは忌避したとき。
三 (略)
○ 介護老人保健施設の人員,施設及び設備並びに運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令第40号)(抜粋)
第2章 人員に関する基準
(従業者の員数)
第2条 介護保険法(略)第97条第2項の規定による介護老人保健施設に置くべき医師,看護師,介護支援専門員及び介護その他の業務に従事する従業者の員数は,次のとおりとする。
一 医師 常勤換算方法で,入所者の数を100で除して得た数以上
二 薬剤師 介護老人保健施設の実情に応じた適当数
三 看護師若しくは准看護師(以下「看護職員」という。)又は介護職員(以下「看護・介護職員」という。) 常勤換算方法で,入所者の数が3又はその端数を増すごとに1以上(看護職員の員数は看護・介護職員の総数の7分の2程度を,介護職員の員数は看護・介護職員の総数の7分の5程度をそれぞれ標準とする。)
四 支援相談員 入所者の数が100又はその端数を増すごとに1以上
五 理学療法士又は作業療法士 常勤換算方法で,入所者の数を100で除して得た数以上
六 栄養士 入所定員100以上の介護老人保健施設にあっては,1以上
七 介護支援専門員 1以上(入所者の数が100又はその端数を増すごとに1を標準とする。)
八 調理員,事務員その他の従業者 介護老人保健施設の実情に応じた適当数
2 前項の入所者の数は,前年度の平均値とする。ただし,新規に許可を受ける場合は,推定数による。
3 第1項の常勤換算方法は,当該従業者のそれぞれの勤務延時間数の総数を当該介護老人保健施設において常勤の従業者が勤務すべき時間数で除することにより常勤の従業者の員数に換算する方法をいう。
4 介護老人保健施設の従業者は,専ら当該介護老人保健施設の職務に従事する者でなければならない。ただし,入所者の処遇に支障がない場合には,この限りでない。
5~7 (略)
第4章 運営に関する基準
(介護保健施設サービスの取扱方針)
第13条 1~3 (略)
4 介護老人保健施設は,介護保健施設サービスの提供に当たっては,当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き,身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。
5,6 (略)
○ B県行政手続条例(抜粋)
(定義)
第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
一~六 (略)
七 行政指導 県の機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
八 (略)
第4章 行政指導
(行政指導の一般原則)
第30条 行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,当該県の機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容が相手方の任意の協力によって実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は,その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として,不利益な取扱いをしてはならない。
3 前項の規定は,公益の確保その他正当な理由がある場合において,県の機関が行政指導の事実その他必要な事項を公表することを妨げない。
(申請に関連する行政指導)
第31条 申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。
2 前項の規定は,申請者が行政指導に従わないことにより公益が著しく害されるおそれがある場合に,当該行政指導を継続することを妨げない。
(許認可等の権限に関連する行政指導)
第32条 許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する県の機関が,当該権限を行使することができない場合又は行使する意思がない場合においてする行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。
(行政指導の方式)
第33条 行政指導に携わる者は,その相手方に対して,当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。
2 行政指導が口頭でされた場合において,その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは,当該行政指導に携わる者は,行政上特別の支障がない限り,これを交付しなければならない。
3 (略)
(複数の者を対象とする行政指導)
第34条 同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは,県の機関は,あらかじめ,事案に応じ,これらの行政指導に共通してその内容となるべき事項を定め,かつ,行政上特別の支障がない限り,これを公表しなければならない。
(この章の解釈)
第35条 この章の規定は,県の機関が公益上必要な行政指導を行うことを妨げるものと解釈してはならない。
出典:法務省「2008年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。