司法試験短答式過去問演習

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2011年 司法試験予備試験 一般教養

43問中20問選択(1問3点・60点満点)

第4問配点 3点

アメリカ合衆国の建国時の政治状況に関する記述として,下線部に明らかな誤りが含まれているものを,次の1から5までの中から選びなさい。(解答欄は,[№4])
1. アメリカの 13 州(邦)を,1つの連邦国家とするための連邦憲法制定会議は, 1787 年にフィラデルフィアで開かれた。この会議の冒頭では,ヴァージニアが作った案がたたき台として提示され,議事進行と憲法草案の確定に大きな役割を果たした。
2. フィラデルフィアで起草された連邦憲法の承認をめぐり,各州(邦)では,連邦推進派と反対派とが激しく対立した。推進派が明確な多数派を形成していたのは,当初はコネチカットやニュージャージーなど5つに過ぎなかったが,マサチューセッツでの僅差の勝利によって,アメリカ合衆国の成立がほぼ決定的となっていった。
3. 1789 年アメリカ合衆国の初代大統領に就任したジョージ・ワシントンは,アレキサンダー・ハミルトンを財務長官に,トマス・ジェファソンを国務長官に,それぞれ任命した。しかし,連邦政府の権限をより強化すべきだと主張するハミルトンと,それに反対するジェファソンは激しく対立した。この対立軸に沿って,連邦党と民主共和党の二大政党が形成されていった。
4. 1796 年の大統領選挙は,複数の候補者によって争われた初めての選挙であった。その結果,連邦党のジョン・アダムズが第 2 代大統領に選出された。このとき政治的に対立していたにもかかわらず,民主共和党のジェファソンが副大統領となったのは,今日と異なり,当時は 2 番目に多く票を集めた候補が副大統領に選出される制度になっていたからであった。
5. アメリカにおいて司法審査権が確立されたのは,1803 年に下された「マーベリー対マディソン事件」判決であった。この事件は,アダムズ政権が任期の最後に政府の要職を連邦党支持者で埋めようとして多くの辞令交付を行ったものの,新しく大統領となった民主共和党のジェームズ・マディソンがそのうちで形式要件に不備があった令状を交付しなかったことによって起こった。