条文・判例・学説を体系的に整理
憲法慣習の成立
硬性憲法の原則を重視する立場をとっても、憲法の空白を埋める事実が反復・継続された場合に、国家機関を政治的に拘束する憲法慣習の成立を認めることができる。
判例の法的拘束力と判例変更
判例が後の裁判を法的に拘束するという立場をとっても、最高裁判所は法律の合憲性に関する判例を変更することができ、最高裁判所には判例変更の制度がある。
憲法の法源の種類
憲法の法源は、成文の憲法典に限られず、憲法の習律(憲法慣習)など不文のものも問題とされる。
日本国憲法の硬性性
日本国憲法96条1項は、憲法改正に各議院の総議員の3分の2以上の賛成による国会の発議と国民投票による過半数の賛成を要件として定めており、通常の法律改正より加重された手続を要求している。
天皇の「おことば」の憲法上の位置づけ
天皇が国会の開会式に出席して述べる「おことば」の憲法上の位置づけについては、象徴行為説、公人行為説、国事行為説が対立している。
天皇の象徴としての行為
象徴という言葉は社会心理的な意味を有するものであり、天皇を象徴と定めた憲法の規定から法的効果を導くことはできないとする立場は、天皇が「おことば」を述べることを象徴としての行為と位置づける見解の根拠とはならない。
天皇の行為の二分論と三分論
天皇の行為は限定すべきであり、天皇の行為には、憲法が定める国事行為と私的行為の二つしかないと考える二分論の立場からは、天皇が「おことば」を述べることを公人としての行為と位置づけることはできない。
内閣の憲法改正案発案権
内閣に憲法改正案の発案権を認めても、各議院は内閣の改正案に対する修正権を有しているから、国会の自主的審議権を害するおそれはないとの反論は、否定説からの「国会の自主的審議権が害される」との批判に対する肯定説からの反論として成り立ち得る。
憲法改正の限界
憲法改正には限界があるとする限界説が通説であり、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義などの憲法の基本原理は改正の限界を画するとされる。
96条の「総議員」の解釈
憲法96条1項の「総議員」の意味については法定議員数説と現在議員数説があり、基数が一定になり「総議員」の数を巡る争いを避けられることや、発議要件を厳格にして議決を慎重にさせるのが憲法の趣旨に合致することは、法定議員数説の根拠であって現在議員数説の根拠ではない。
国民投票における「過半数」の意味
憲法96条1項の国民投票における「過半数の賛成」の「過半数」の意味について、有権者総数の過半数とする説に対しては、棄権者が全て改正案に反対の意思と評価されてしまう点で妥当ではないとの批判がある。
主権の三つの意味
「主権」の語は、①国家の統治権(国家権力そのもの)、②国家権力の最高独立性(対外的独立)、③国政の最高決定権(国民主権)の三つの意味で用いられる。
憲法前文1項における主権
「日本国民は、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」(憲法前文1項)における「主権」は、国政に関する最高の決定権という意味で用いられている。
憲法前文3項における主権
「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務」(憲法前文3項)における「主権」は、国家の独立性の意味で用いられている。
憲法1条における主権
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」(憲法1条)における「主権」は、国政に関する最高の決定権という意味で用いられている。
主権の三つの意味
主権には国家の統治権としての意味、国家権力の最高独立性としての意味、及び国政の最終決定権としての意味の三つの用法がある。
ポツダム宣言と統治権としての主権
ポツダム宣言第8項の「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」にいう主権は、国家の統治権としての意味の主権である。
条約の国内法的効力と国際人権条約の参照
条約の国内法的効力は憲法に劣るという立場をとるならば、裁判所が、立法事実の存否を判断するための資料として、国際人権条約を参照することは許される。
条約と憲法の優劣
条約と憲法の効力関係については、憲法優位説が学説上の多数説であり、憲法優位説によれば、憲法に違反する条約は国内法的効力を有しない。
憲法改正国民投票の過半数の解釈
憲法改正は改正案が国民に提案され国民投票が行われその過半数の賛成で承認されるのでなければ成立しないが、「過半数」の意味について有権者総数の過半数、無効投票を含めた投票総数の過半数及び有効投票総数の過半数の三説があり、有権者総数の過半数説に対しては棄権者が全て改正案に反対の意思と評価されてしまう点で妥当ではないとの批判がある。