司法試験論文式過去問演習

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2010年 司法試験 論文式 公法系科目 第2問

問題

配点 100点

〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5〕)

A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約2400人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続いている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画についても契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,「分譲価格と条件は購入希望者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却した。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,最も安い区画で400万円,全区画の売却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。

ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びCは,本件土地は慎重に時間を掛ければより高価で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に破格の安値で売却した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方式や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張した。しかしA村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が売却価格と時価との差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるための住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討している住民訴訟に原告として加わろうとしている。

他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれまで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。

【資料1 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の設問に答えなさ

い。

なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕

Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これをBらが適法に提起できるかどうかについて検討しなさい。

〔設問2〕

Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。

〔設問3〕

Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想定して,以下の小問に答えなさい。

⑴ 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して考え方が分かれた点を説明しなさい。

⑵ その上で,これらの判決の考え方をそれぞれ当てはめた場合,本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自らの意見を述べなさい。

【資料1 検討会議の会議録】

総務課長G:我が村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席いただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してください。

職 員 H:村の行った売買に,それとは関係のないBらが裁判を起こすことなんてできないと考えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。

職 員 I:住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわけではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。

職 員 H:BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だといううわさです。

総務課長G:それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4号に規定された請求をするという意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対して,どういった訴えを起こしてくるのか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれについて検討していただけますか。

弁 護 士 F:分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と適法性を記したペーパーを,早速用意いたします。

総務課長G:よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却したと考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと思います。

弁 護 士 F:議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。また,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,差し当たり検討の対象から除くことにします。

総務課長G:これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。

職 員 H:入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だと書かれたのですが,一体何が問題なのですか。

職 員 I:職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献しているではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に苦しむところです。

職 員 H:先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始めたのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量で決められると思うのですが。

総務課長G:契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどういった点を違法だと主張してくるか,また,村の側では,契約締結を適法というためにどのような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括的に検討していただけませんか。

弁 護 士 F:それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこととします。

総務課長G:お願いいたします。それと,先日もお話ししましたが,議員の間では,Bらの動きに反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。

職 員 H:ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会が行えば大丈夫だといった意見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会は,こうした議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。

職 員 I:議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。

弁 護 士 F:ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出された裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。

総務課長G:村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要がありそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。

職 員 H:それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。

職 員 I:私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合に,どういった判断が予想されるのかという点です。

総務課長G:いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員にも説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理していただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先生の御意見をお聞かせいただけませんか。

弁 護 士 F:了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせていただきます。

総務課長G:お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日の会議は終了といたします。

【資料2 関係法令】

○ 地方自治法施行令(昭和22年5月3日政令第16号)(抜粋)

(指名競争入札)

第167条 地方自治法第234条第2項の規定により指名競争入札によることができる場合は,次の各号に掲げる場合とする。

一 工事又は製造の請負,物件の売買その他の契約でその性質又は目的が一般競争入札に適しないものをするとき。

二 その性質又は目的により競争に加わるべき者の数が一般競争入札に付する必要がないと認められる程度に少数である契約をするとき。

三 一般競争入札に付することが不利と認められるとき。

(随意契約)

第167条の2 地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は,次に掲げる場合とする。

一 売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格(貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年額又は総額)が別表第五上欄(注:左欄)に掲げる契約の種類に応じ同表下欄(注:右欄)に定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき。

二 不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。

三,四 (略)

五 緊急の必要により競争入札に付することができないとき。

六 競争入札に付することが不利と認められるとき。

七 時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき。

八 競争入札に付し入札者がないとき,又は再度の入札に付し落札者がないとき。

九 落札者が契約を締結しないとき。

2 前項第8号の規定により随意契約による場合は,契約保証金及び履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。

3 第1項第9号の規定により随意契約による場合は,落札金額の制限内でこれを行うものとし,かつ,履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた条件を変更することができない。

4 前二項の場合においては,予定価格又は落札金額を分割して計算することができるときに限り,当該価格又は金額の制限内で数人に分割して契約を締結することができる。

(せり売り)

第167条の3 地方自治法第234条第2項の規定によりせり売りによることができる場合は,動産の売払いで当該契約の性質がせり売りに適しているものをする場合とする。

別表第五(第167条の2関係)

一 工事又は製造の請負都道府県及び指定都市           250万円
市町村(指定都市を除く。以下この表において同じ。)                      130万円
二 財産の買入れ都道府県及び指定都市           160万円
市町村                   80万円
三 物件の借入れ都道府県及び指定都市            80万円
市町村                   40万円
四 財産の売払い都道府県及び指定都市           50万円
市町村                  30万円
五 物件の貸付け                      30万円
六 前各号に掲げるもの以外  のもの都道府県及び指定都市          100万円
市町村                  50万円

【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】

○ 適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)

「住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではない。本件は,(略)損害賠償請求権(注:長に対する地方公共団体の損害賠償請求権)の発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮した上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,(略)甲町の住民の代表で構成される甲町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅しており,そのことによって『法治主義に反する状態が続く』ことになるものでもない。」

○ 違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)

「控訴人(注:乙市長)は,地自法(注:地方自治法)96条1項10号により,権利の放棄が議会の議決事項とされている以上,乙市議会がした本件権利の放棄の議決は当然有効であると主張する。しかし,(略)①(略),②控訴人は上記財務会計行為(注:乙市による乙市の外郭団体(以下「本件各団体」という。)への補助金等の支出)は適法であるとして争っていたところ,原審は,上記財務会計行為の一部は違法であると認定し,乙市の本件各団体に対する不当利得返還請求権,乙市長に対する損害賠償請求権をそれぞれ一部認めたこと(本件権利),③控訴人は,この判決に対して控訴し,控訴審において引き続き上記財務会計上の行為は適法であると主張して争ったところ,当裁判所は平成21年1月21日弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定したこと,④控訴人は,平成21年2月20日,本件権利の放棄を含む(略)条例を提出し,議会は後記のとおり合理的な理由もないまま本件権利を放棄する旨の決議をなしたこと,⑤控訴人は,平成21年3月4日,弁論再開の申立てをし,当裁判所は,同月11日弁論を再開する旨の決定をしたこと,⑥本件権利は,乙市の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為によって乙市が取得した多額の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権であり,この権利の放棄が乙市の財政に与える影響は極めて大きいと考えられること,⑦議会は,上記権利を放棄する旨の決議をした際,本件と同種の事案(略)等についても,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権をいずれも放棄する旨の決議をしたこと,⑧本件権利及び上記⑦の権利を放棄するについて,請求を受けることとなる者の資力等の個別的・具体的な事情について検討された形跡は窺えないことが認められる。

(略)住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の乙市の財政に対する影響の大きさ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。」

出典:法務省「2010年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。