2008年 司法試験 論文式 労働法 第1問
問題
配点 50点[労 働 法]
〔第1問〕(配点:50)
以下のX及びZ(Y社代表取締役社長)の言い分を読んで,次の問いに答えなさい。
1. 給与規程改訂前において,XがYに対して支払を求めることができる割増賃金の有無及び金額を,法的問題に触れながら,説明しなさい。ただし,割増賃金の金額は,具体的な数字を示す必要はないが,午後11時まで労働した1日分について,①割増賃金の基礎となる賃金の月額,②割増賃金の支払対象となる労働時間,③割増率を示すこと。
2. 改訂後の給与規程が適用されるとした場合,XがYに対して支払を求めることができる割増賃金の有無及び金額を,1と同様に説明しなさい。
3. 1,2を踏まえて,改訂後の給与規程がXに適用されるか否かを論じなさい。
【Xの言い分】
私は,平成18年10月,コンピュータソフトウェアの開発,製造,販売をしているY社(従業員数は,77人)に採用され,会計システム開発グループで「エキスパート」として,専らシステムの開発業務を担当しています。同グループには,グループリーダー1人,エキスパート6人,アシスタント2人がいます。就業規則では,勤務時間が午前9時から午後6時まで,休憩時間が正午から午後1時までと定められていますが,入社以来,午前9時に出社し,午後11時に退社するという日が続き,定めのとおり休憩時間は取れるものの,それ以外の時間は労働しています。休日は,就業規則に定められているとおり,土日と祝日に取れています。
給与は,月給で,平成18年10月以降,エキスパートの「1号」として,基本給30万円,職務手当5万円,通勤手当8000円の合計35万8000円でしたが,平成19年10月から,基本給27万円,超過勤務手当8万円,通勤手当8000円に変更されました。このほかには,残業代等の支給は一切ありません。通勤手当は,通勤経路の定期券代です。採用の際,給与は基本給と手当の合計35万円と通勤費であり,残業代は基本給に含まれるとの説明があり,雇用契約書を交わし,その時は了解しました。職務手当が残業代であるという説明や,長時間の残業があるとの説明はありませんでした。毎月渡される給与明細書に,基本給のうちの残業代部分の金額や残業時間が記載されていたことはありません。
平成19年8月ころ,社長Zが,従業員全員を集めて,同年10月から,エキスパートについては,従前の基本給のうちの残業代部分と職務手当を定額の超過勤務手当としての支払に改めるという説明をし,個別の面談で基本給や超過勤務手当が幾らになるかの説明がありました。私は,説明を受けた際,基本給の減額や職務手当が支給されなくなるのは納得できないと述べました。給与は銀行振込で支払われ,同月以降の給与支給を受けた際,異議を述べたりはしていませんが,同意をすると述べたこともありません。Y社には,エキスパートが約40人いますが,少なくとも私の属するグループのエキスパート6人は私と同じ意見であり,Zの説明に同意していません。
極端な長時間労働をしているので,法律や就業規則で認められている割増賃金の支払をしてもらいたいと思います。
【Zの言い分】
Y社では,システム開発業務の担当者は,アシスタントを除いて管理職として扱っていますが,残業代に相当する金額は基本給や職務手当に含めて支給することにし,残業代という名称では支給しないことにしていました。給与規程は別紙のとおりであり,採用時に十分に説明しています。職務手当は,専門的で高度な業務に対する手当であるという説明をしています。エキスパートの基本給,職務手当は,事務職のものより相当高額になっていました。本人も認めているように,Xは,基本給に残業代相当分が含まれることや,ほかに残業代が支払われないことに同意していました。
ただ,従業員から分かりにくいという指摘があったので,給与規程を改訂し,エキスパートには,残業代に当たる部分をすべて定額の超過勤務手当として支給することにし,職務手当は支給しないことにしました。支給合計額は変わりません。改訂に際しては,従業員全員を集めて十分に説明し,その場で従業員の過半数の賛成により代表者を選んでもらい,その代表者から同意する旨を記載した書面をもらいました。改訂された給与規程は行政官庁に届け出て,会社内に備え付けています。
Xは,採用時に給与の内容に同意していたし,改訂に際しても,個別の面談で詳しい説明を受け,平成19年10月以降異議を述べず給与を受け取っているので,残業代を請求するという言い分は理解できません。
なお,Y社は,裁量労働制は採用していません。また,Y社には,労働組合はありません。
別 紙
【就業規則(抜粋)(改訂なし)】
(賃金)
第51条 従業員の給与に関する事項は,給与規程に定める。
【給与規程(抜粋)(改訂前)】
(目的)
第1条 この規程は,就業規則の定めに基づいて従業員の給与に関する事項を定める。
(賃金体系と種類)
第2条 従業員の賃金の種類は,次のとおりとする。
基本給
職務手当
超過勤務手当
通勤手当
(管理職に対する特例)
第3条 管理職(エキスパート以上)に対しては,超過勤務手当を支給しない。
(基本給)
第10条 基本給は,職務グレードごとに,別表のとおり,月額で定める。
別表(基本給月額表)の抜粋
| エキスパート | 1 号 | 300,000円 |
| 2 号 | 315,000円 |
(職務手当)
第11条 職務手当は,職種ごとに,次のとおりとする。
(超過勤務手当,割増賃金の計算)
第12条 超過勤務手当は,次の割増賃金とする。
⑴ 時間外勤務(所定労働時間を超える勤務)
通常労働時間の賃金の125パーセント
⑶ 深夜勤務(午後10時から午前5時までの勤務)
通常労働時間の賃金の25パーセント
【給与規程(抜粋)(改訂後)】
第1条~第2条 〔改訂なし〕
第3条 〔次のとおり改める〕
管理職(グループリーダー以上)に対しては,超過勤務手当を支給しない。
第10条 〔本文は改訂なし。別表を次のとおり改める〕
| エキスパート | 1 号 | 270,000円 |
| 2 号 | 285,000円 |
第11条 〔⑺を削除。他は改訂なし〕
第12条 〔改訂なし〕
第12条の2 〔新設〕
エキスパートに対しては,前条の規定にかかわらず,超過勤務手当として,月額8万円を支給する。
出典:法務省「2008年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。