2008年 司法試験 論文式 民事系科目 第2問
問題
配点 200点[民事系科目]
〔第2問〕(配点:200〔設問1から設問4までの配点の割合は,5:5:3.5:6.5〕)
次の文章を読んで,以下の1から4までの設問に答えよ。
Ⅰ 山野弁護士は大手の丙銀行株式会社(以下「丙銀行」という。)の顧問弁護士を,川野弁護士は丁株式会社(以下「丁社」という。)の顧問弁護士をそれぞれ務めていたが,平成20年5月中旬ころ,それぞれ,各社の法務担当者から相談を受けることとなった。各社からの相談は,いずれも以下の1から16までの事実経過を前提としたものであり,丙銀行からは17の経緯で,丁社からは18の経緯でそれぞれされたものとする。
1. 甲株式会社(以下「甲社」という。)は,工作機械の部品の製造及び販売を業とする株式会社である。同社は,工作機械の製造及び販売を業とする乙株式会社(以下「乙社」という。)の子会社であり,乙社が汎用性のある部品の開発に成功したことをきっかけとして設立されたものである。
2. 乙社は,理工学系の大学院で機械工学を学んだAが友人であるBとともに設立した会社であり,その株主は,A及びBの2人だけである。また,同社の取締役には,A及びBのほか,Aの妻であるCが就任し,代表取締役には,A及びBが選定されていた。同社は,その製品に関して多数の特許を取得し,順調に事業を展開していたことから,会社法上の公開会社でない株式会社でありながら,大きな信用力を保持していた。
3. 甲社は,国内外の工作機械製造会社から注文が殺到したために急成長し,平成15年には,東京証券取引所(マザーズ)への上場を果たした。同社の株式は,乙社が30%を,A及びBが各10%を保有していたほか,経理及び財務に明るい人物が必要だということで,Aの友人である税理士資格を有するDにも5%を保有してもらっていた。
4. 甲社の取締役には,A,B及びDが就任していた。同社の技術力はA個人の能力に負うところが大きかったことから,Aが代表取締役に選定され,他方で,Bは,父親が日本有数の自動車製造会社の取締役であることから,その広い人脈を駆使して営業活動の指導に当たることとし,Dは,予定どおり甲社の経理及び財務を担当することとなった。Dは,就任後間もなく,取引銀行との付き合いを広げる必要があると考え,丙銀行を甲社の主たる取引銀行とすることとした。
5. 平成18年になり,Aの開発した部品が特許の取得に成功し,その結果,甲社は,莫大な利益を上げることとなったため,同社においては,その利益の運用が重要な課題となった。しかし,このころから,開発の成功を背景として,社内におけるAの発言力が増大し,その横柄な態度を不愉快に感じたDとAとの間で,軋轢が生じるようになっていった。このようなことから,Aは,これまで資金の運用を一手に引き受けていたDを無視して,Bを通じて知り合った金融ブローカーであるEに甲社の資金50億円の運用を一任することを計画した。Dは,取締役会において,Eへの資金の運用の一任に強く反対したが,A及びBが賛成したため,この計画は,実行に移されることとなった。
6. Eは,平成18年10月,Aに対し,投資リスクを分散するため,差し当たり甲社の資金50億円をリスクの小さな金融商品に投資し,他方で,なるべく多くの資金を銀行から借り入れ,その借入資金を金融先物取引などのハイリスク・ハイリターン型の投資に振り向けたいと伝えた。その際,Aは,Eから,この投資に協力してくれる銀行が必要である旨を言われたため,投資のことはよく分からなかったものの,Dに相談することなく,丙銀行と付き合いがある旨を伝え,さらに,融資を受けるには乙社の保証が必要である旨を言われたため,これを了解した。
7. これを受け,Eは,早速,丙銀行の融資担当者であるFと接触し,甲社と乙社が共同で海外に新しく工場を建設することになったとの架空の話をねつ造して,甲社を主たる債務者,乙社を保証人として融資を受けたい旨の申入れを行った。その際,Eは,この架空の話の信ぴょう性を高めるため,知人に依頼して工場の簡単な設計図を作ってもらうとともに,虚偽の資金計画書を自ら作成して,これらをFに手渡した。Fは,海外における工場建設の話であったため,直ちに現地に赴くことも困難であり,また,これまで取引のなかった乙社との間に密接な関係を築きたいとの思惑もあったことから,これらの書類を鵜呑みにした上で,積極的に動き始めた。
8. 平成18年12月になり,Aは,Eから,丙銀行から30億円の融資を受けることができることになったので甲社と乙社の取締役会において承認を受けてほしい旨を言われた。しかし,このことがDに知れると甲社に内紛が起こりかねないし,また,乙社の取締役会もこれまで全くといっていいほど開かれていなかったため,Aは,Eに対し,適当に対処してほしい旨を伝えた。そこで,Eは,Fに対し,甲社及び乙社ともに取締役会の議事録を用意することはできない旨を伝えたところ,Fは,甲社及び乙社の役員に対して自ら確認することはしないで,Eに対し,取締役会の議事録に代わるものを提出するように求めた。Eは,このFの求めに応じ,甲社及び乙社の双方について,各取締役会で前記の融資及び保証について承認があった旨の確認書を作成した上,Aに署名捺印させ,これをFに手渡した。しかし,Fは,この確認書だけでは丙銀行内部の決裁が得られないと考え,「甲社及び乙社の役員全員に面談し,各取締役会の承認を受けていることを確認した上で,両社の代表取締役であるAから確認書を取得した。」旨を記載した稟議書を作成し,これにより,上記の融資案件をまとめるに至った。
9. 平成19年1月,Aが甲社を代表して丙銀行との間で30億円の融資契約(金銭消費貸借契約)を締結するとともに,Bが乙社を代表して丙銀行との間でこの甲社の債務についての保証契約を締結し,丙銀行の甲社の口座に30億円が入金された。これにより,Eは,甲社の自己資金50億円と合わせて合計80億円の運用を任されることになった。
10. しかし,Eは,当初の話とは異なり,80億円のすべてをハイリスク・ハイリターン型の投資に振り向けてしまい,その投資に失敗した結果,巨額の損失を出すこととなり,このままでは甲社の期末の決算では,資本の欠損が生ずることは明らかとなった。
11. そこで,Aは,甲社の先行きに不安を感じたため,Bと結託し,同社の下請企業等の取引先に頼んで架空の取引を循環させ,不適切な会計処理を行った。ところが,平成19年3月になり,Aから不適切な会計処理を行うよう強要されたとして,甲社の経理部の従業員が東京証券取引所に通報したことから,同社の株式は監理ポスト(監理銘柄)に指定されることになった。このため,市場では,上場廃止になるだろうとの観測が広がり,甲社の株価は,1株6000円程度で安定していた不祥事発覚前の株価と比べて大きく下落し,1株1000円程度で下げ止まった。
12. Dは,東京証券取引所の前記11の措置に伴い,巨額損失の発生を初めて知ることとなり,甲社の取締役会において,Aを代表取締役から解職するよう提案したが,定時株主総会において株主に事情を説明し,その判断を仰ぐべきではないかというBの意見に従い,決議するには至らなかった。Dは,Aだけでなく,Aに同調するBも解任すべきであると考え,株主提案権を行使し,A及びBの解任を定時株主総会の目的とするよう請求した。そして,平成19年6月28日,甲社の定時株主総会が開催され,同総会において,A及びBを取締役から解任する旨の議案が決議の対象とされたが,株主であるA,B及び乙社の反対により,当該議案はいずれも否決される結果となった。
13. その後,A及びBは,甲社の上場廃止は避けられないと判断し,同社の一般株主の不満を解消するため,乙社との間で金銭を対価とする株式交換を行うことを計画した。Aは,この計画を実行すべく,株式交換に際して甲社の株主に対して交付すべき対価の額について証券会社に助言を求めたところ,株式交換の決議を行う株主総会の基準日の時価によるべき旨の回答を得るところとなった。しかし,Aは,これでは一般株主からの責任追及は免れ難いと判断し,知り合いのM&Aアドバイザーに頼んで,不祥事発覚前の株価である6000円程度を基準にして対価を交付することが適切である旨の意見書を書いてもらい,これを盾にして証券会社を説得し,株式交換を実施することとした。
14. 乙社は,株式交換の手続として必要な法定の事項を官報に掲載する方法により公告したものの,知れている債権者に対する各別の催告はしなかった。そこで,丙銀行は,乙社に対し,前記9の保証債権の存在を前提として,甲社との間の株式交換は株主に対して交付する対価の算定に問題があり,乙社の現金を不当に流出させて債務の弁済に支障を来すものであると主張し,異議を述べた。しかし,乙社は,丙銀行に対し,保証契約の効力は認められないと主張し,何ら,弁済,相当の担保の提供又は財産の信託をすることはなかった。
15. 平成20年1月17日,甲社及び乙社の双方において,臨時株主総会が実施され,株式交換契約の承認決議が成立し,その後,株式交換の効力発生日が経過した。
16. A及びBは,取引を装って甲社の財産を乙社に移転させ,甲社を倒産させることを画策し,甲社をAが,乙社をBがそれぞれ代表して,両社の取締役会の承認を受けることなく,平成20年4月中旬から同月下旬までの間に,価格の不自然な取引を繰り返した。そのため,甲社の資金繰りは悪化し,同年5月上旬からは,丙銀行に対する利払いが継続して滞る事態に陥った。他方で,乙社は,甲社より財産の移転を受けたものの,株式交換の対価として巨額の現金を流出させたことによる財務状態の悪化は解消しなかった。
17. そこで,丙銀行は,前記9の30億円の融資について,甲社に支払を求める訴えを提起したいと考えたが,同社の弁済能力には不安があったので,併せて,乙社に対して前記9の保証債務の履行を求めることができるかどうか,さらに,甲社と乙社の間で行われた株式交換に法的な問題がないかどうかを,山野弁護士に相談した。
18. 一方,丁社は,甲社と乙社の間で行われた株式交換の効力発生日の直後に甲社から手形の振出しを受けたものの,当該手形がその後に不渡りとなったことから,債権の回収について社内で検討を行い,当該手形の取得後に行われた甲社と乙社との間の価格の不自然な取引に疑問を持つに至った。そこで,丁社は,甲社に対する破産手続開始の申立てを検討するとともに,仮にこれを行わない場合に自らの債権の回収に役立つ法律論が展開できないかどうかを,川野弁護士に相談した。
〔設問1〕 丙銀行から相談を受けた山野弁護士は,乙社に対する保証債務履行請求の可否及び甲社と乙社の間の株式交換の問題点についてどのように回答すべきか,あなたの考えを述べなさい。
〔設問2〕 丁社から相談を受けた川野弁護士は,債権の回収に役立つ法律論についてどのように回答すべきか,あなたの考えを述べなさい(詐害行為取消権や債権侵害の不法行為の成否については,検討することを要しない。)。
Ⅱ 以下の1から4までの文章は,前記Ⅰの甲社に関するものである。
1. 甲社の個人株主であるJは,平成19年6月28日に行われた甲社の定時株主総会に出席し,Aの解任議案に賛成票を投じていた。総会でのDの説明を聞いて,Aの行動に憤りを覚えたJは,法学部出身でもあり,役員の解任の訴えの制度を知っていたので,この際,訴えを提起してAを解任しようと考えた(Jは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保有の要件を満たしている。)。そこで,Jは,弁護士を訴訟代理人に選任することなく,訴状を自ら作成し,同年7月9日,甲社の本店所在地を管轄するP地方裁判所に,Aだけを被告として取締役の解任の訴えを提起した。P地方裁判所は,直ちにこの訴状の副本をAに送達し,Aは同月13日にこれを受領した。
2. 会社法の解説書を読み直していたJは,会社法第855条を見落としていたことに気付いたので,同月17日,P地方裁判所に,被告として甲社を追加する旨の申立書を提出した。P地方裁判所は,直ちに,訴状と申立書の双方の副本を甲社に,申立書の副本をAに,それぞれ送達し,甲社もAも同月20日にこれを受領した。
3. 同月30日,「原告Jの平成19年7月17日付けの申立ては主観的追加的併合の申立てに該当するところ,主観的追加的併合についてはこれを否定する最高裁判例があるから,甲社を被告として追加する原告Jの申立ては許されない。」との記載のある甲社の答弁書がJのもとに送られてきた。
(甲社が答弁書で引用した最高裁判所の判決)
「甲が,乙を被告として提起した訴訟(以下「旧訴訟」という。)の係属後に丙を被告とする請求を旧訴訟に追加して1個の判決を得ようとする場合は,甲は,丙に対する別訴(以下「新訴」という。)を提起したうえで,法132条の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促し,併合につき裁判所の判断を受けるべきであり,仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務につき法59条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であつても,新訴が法132条の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないというべきである。けだし,かかる併合を認める明文の規定がないのみでなく,これを認めた場合でも,新訴につき旧訴訟の訴訟状態を当然に利用することができるかどうかについては問題があり,必ずしも訴訟経済に適うものでもなく,かえつて訴訟を複雑化させるという弊害も予想され,また,軽率な提訴ないし濫訴が増えるおそれもあり,新訴の提起の時期いかんによつては訴訟の遅延を招きやすいことなどを勘案すれば,所論のいう追加的併合を認めるのは相当ではないからである。」(最高裁判所昭和62年7月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集第41巻第5号1402頁)
※ 引用文中の「法132条」,「法59条」は,それぞれ,現行民事訴訟法第152条,第38条に相当する旧民事訴訟法の規定である。
4. この甲社の答弁書を読んで驚いたJは,知人から紹介を受けた海野弁護士に相談をし,海野弁護士はJから訴訟委任を受けた。
〔設問3〕 海野弁護士は,Jの訴訟代理人として,甲社の主張に対して,どのように反論すべきか,論じなさい。
Ⅲ 以下の1から7までの文章は,前記Ⅰの甲社に関するものである。
1. 前記Ⅱの個人株主Jによる解任の訴えとは別に,甲社の個人株主であるKは,訴訟代理人に依頼し,平成19年7月17日,甲社と取締役Bの双方を被告として,P地方裁判所に,取締役Bの解任の訴えを提起した(Kは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保有の要件を満たしている。)。
同年8月24日に行われた第1回口頭弁論期日において,Kは,「取締役である被告Bは,銀行から借り入れた30億円のほか,自己資金50億円を合わせた80億円全額が,約束に反してハイリスク・ハイリターン型の商品に投資されており,しかも,この投資取引により平成19年1月末ころには,多額の損失が生じていることを知った。ところが,被告Bは,この段階でこのような投資取引を中止すれば,更なる損失を防止することができたのに,代表取締役Aに取引を中止させるための措置を執らなかった。そのため,この投資取引による損失は拡大し,同年2月中旬にAの指示により投資取引を終了した時点では,損失額が合計78億円にまで及んでしまった。したがって,被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があり,解任事由がある。」と主張した。
これに対し,被告らは,Kの主張を争い,「被告Bは,この投資取引が終了した後,平成19年2月下旬になって初めて,Aからの報告で,この投資取引の具体的内容やこの投資取引により78億円の損失が生じたことを知らされたのであり,それ以前には,何も聞かされていなかった。」などと主張した。
裁判所は,争点及び証拠の整理をするため,本件を弁論準備手続に付した。
2. Kの訴訟代理人は,Kから訴訟委任を受けた後,本件について事実関係を調査していたが,その結果,Eが,平成19年1月末ころ,甲社にファクシミリを送信したこと,そのファクシミリ送信文は甲社代表取締役Aあてで,Eが投資した商品の銘柄,買付金額,時価等が一覧表の形で記載されていたこと,その末尾には損失合計額として巨額の金額が記載されていたことなどの情報を得た。
また,Kの訴訟代理人は,この投資取引による損失が同年1月末ころには40億円程度になっていたことなどを,別の資料からつかんでいた。
3. 平成19年9月14日に開かれた第1回弁論準備手続期日において,Kの訴訟代理人は,この投資取引による損失の額が同年1月末ころ40億円程度になっていたことなどを示す投資取引関係等の書証を提出した。
裁判所は,「本日の争点整理の結果,証拠関係からみると,平成19年1月末ころの時点で投資取引による被告甲社の損失が40億円程度に達していたこと,これ以降も投資取引を継続すれば損失が更に拡大することがこの時点で予測可能であったこと,平成19年2月中旬に投資取引が終了したが,その段階では78億円まで損失が拡大していたこと,投資取引が終了するまでの間に,被告Bは,代表取締役Aに対し,投資取引を中止させるための措置を執らなかったことは,明らかにされたと思います。そうすると,被告Bが,平成19年1月末ころ,この投資取引により被告甲社に40億円程度の損失が生じていたことを知っていたかどうかが実質的な争点になりますね。」と述べた。
これを聞いて,Kの訴訟代理人は,甲社がEから受信し,Eが甲社のために投資した商品の銘柄,買付金額,時価等が一覧表の形で記載され,その末尾に損失合計額として巨額の金額が記載されていたファクシミリ文書(以下「本件文書」という。)が存在することを指摘し,「甲社は本件文書を書証として提出すべきである。」と述べ,本件文書の提出に関し議論が交わされたが,甲社の訴訟代理人は,「本件文書を任意に提出するつもりはない。」と述べた。
4. そこで,Kの訴訟代理人は,本件文書は,Bの解任事由に関して重要な事実を裏付けるものになり得ると考え,第1回弁論準備手続期日終了後直ちに,本件文書について,次の内容を記載した申立書を裁判所に提出して,文書提出命令を申し立てた。
(1) 文書の表示及び文書の趣旨
受信日として平成19年1月末ころの日付が印字されたE作成の甲社代表取締役Aあてファクシミリ文書であって,Eが甲社のために購入した投資商品の銘柄並びに買付金額,時価及び利益・損失等が一覧表の形で記載され,かつ,末尾に損失合計額として40億円程度の金額の記載があるもの
(2) 文書の所持者 被告甲社
(3) 証明すべき事実 Eの投資取引の失敗により,平成19年1月末ころ,甲社に40億円程度の損失が発生していたところ,
ア Aは,平成19年1月末ころ,この投資取引により,甲社に40億円程度の損失が発生している事実を知ったこと。
イ 被告Bも,Aを介するなどして,そのころその事実を知ったこと。
ウ 被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があったこと。
(4) 文書の提出義務の原因 民事訴訟法220条3号又は4号
5. 平成19年10月5日に開かれた第2回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は,「本件文書は存在するが,民事訴訟法第220条第3号には当たらないし,同条第4号ハ又はニに当たる文書であるので提出義務はない。また,任意に提出するつもりもない。」と述べた。
6. 平成19年10月12日,裁判所は,甲社に対し,文書提出命令を発し,この決定は,間もなく確定した。
7. 平成19年11月16日に開かれた第3回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は,「甲社は本件文書を所持しているが,提出するつもりはない。」と述べた。これに対し,Kの訴訟代理人は,「甲社が文書提出命令に応じないのであれば,裁判所は,その制裁として,民事訴訟法第224条を適用すべきである。」と主張した。
〔設問4〕 以下は,第3回弁論準備手続期日が終了した後の,裁判長と傍聴を許された司法修習生との会話である。
裁判長: 今日の弁論準備手続で,甲社は文書提出命令に従わないと陳述しましたね。
修習生: ええ,甲社はその理由について余り明確には述べませんでした。
裁判長: そうですね。これに対して,Kは,224条の適用を主張していましたね。そこで,せっかくの機会ですから,224条について勉強してみましょうか。どのように訴訟指揮をし,争点整理をしていくかを考える前提にもなりますね。
修習生: 本件では,224条1項と3項の適用が問題になると思いますが,これらの要件を満たすかどうかの判断は,なかなか難しい問題だと思います。
裁判長: そうですね。要件の問題も重要ですが,今日は224条3項が適用される場合の効果に限って検討してみましょう。条文には「その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。」とありますね。これはどのような趣旨の規定だと思いますか。
修習生: 証明妨害の典型的な例を明文化したものであるということを読んだことがあります。
裁判長: そうですか。効果を考えるに当たっては,どのような点に着目したらよいでしょうか。まず,当事者が文書提出命令に従わないことで,申立人,相手方,裁判所にとって,どういう影響があるかを考えてみてはどうでしょう。それによって,証明妨害の効果として主張されている考え方がここにも当てはまることが理解できると思います。
修習生: これまで,224条3項の効果との関係で考えたことはなかったのですが,証明妨害の法理を勉強したときに,証明妨害の効果として主張されている考え方としては,証明責任が転換されるという考え方(転換説),証明度が軽減されるという考え方(軽減説),真実が擬制されるという考え方(擬制説),裁判所の自由心証にゆだねられるという考え方(心証説)などがあったと記憶しています。
裁判長: そうですね。あなたが指摘するとおり,224条3項は証明妨害の典型的な例といわれていますので,その効果についても,これらの考え方が成り立ち得るでしょうね。証明妨害については,ほかにもいろいろな考え方がありますが,224条3項の効果として,少なくともあなたの整理した四つの代表的な考え方の妥当性について検討しておく必要がありそうですね。それでは,これらの考え方の中では,どの考え方がより妥当だと考えますか。それぞれの考え方の違いは,命令に従わなかったことによって生じる不都合を解消するための方法の違いという位置付けもできそうですね。そうすると,その方法が問題の解消手段として適切かという点も,どの考え方が妥当かを考える上で重要ですね。いろいろ指摘しましたが,以上のような観点から224条3項の効果について報告してください。
これは,一般論としての報告で結構です。これが一つ目の課題です。
修習生: 分かりました。御指摘の観点から検討してみます。
裁判長: 更に別のことを尋ねますが,本件で,仮に,224条3項が適用されたとすると,本件文書の不提出により「真実と認めることができる」相手方の主張は何でしょうか。文書提出命令の申立書に「証明すべき事実」として記載された主張すべてに及ぶのでしょうか。
まずは,共同被告Bがいることは差し当たり度外視して,専ら甲社との関係だけを念頭において,本件事例に即して具体的に検討してください。これが二つ目の課題です。
次に,本件では,文書提出命令に従わなかったのは甲社ですが,共同被告Bがいますね。甲社については224条3項を適用すべき場合であったとして,共同被告Bとの関係を含めて考えると,本件訴訟において,本件文書の不提出によりどのような効果が認められるでしょうか。これが三つ目の課題です。
以上の課題について,報告してください。次回の弁論準備手続期日までさほど間がありませんので,速やかにお願いします。
修習生: 分かりました。後半で指摘された点は,考えたことがありませんでしたが,頑張って検討してみます。
あなたが上記の修習生であり,早速,裁判長から提示された三つの課題について報告をするものとして,以下の各問いに答えなさい。
なお,取締役の解任の訴えにおける解任事由の存在については,解任を求める原告側に主張立証責任があるものとして答えなさい。
⑴ 当事者が文書提出命令に従わないときの民事訴訟法第224条第3項の効果をどのように考えるべきか,上記の会話中に言及されている四つの説を比較検討した上で,論じなさい。
なお,解答に当たっては,各説を「転換説」,「軽減説」,「擬制説」,「心証説」と略記して差し支えない。
⑵ 本件文書の不提出について,民事訴訟法第224条第3項の適用があると仮定した場合,甲社との関係で「真実と認めることができる」Kの主張は何か,⑴で採用した考え方を前提に論じなさい。
⑶ 甲社について民事訴訟法第224条第3項を適用すべき場合であると仮定する。甲社とBが共同被告であることを考慮すると,本件訴訟において,甲社の本件文書の不提出について,どのような効果が認められるべきか,論じなさい。
出典:法務省「2008年司法試験論文式試験問題」。原本PDFから本文・表・図を抽出し、字下げ・下線・枠などの体裁を保ったまま、画面の幅に合わせて折り返しています。