司法試験短答式過去問演習

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2024年 司法試験予備試験 一般教養

42問中20問選択(1問3点・60点満点)

第1問配点 3点

20 世紀前半の東中欧の少数民族問題に関する以下の文章を読み、空欄(ア)から(オ)に入る語句の組合せとして適切なものを、後記1から5までの中から選びなさい。なお、文章中の数値は、野村真理「失われた世界へ―東ガリツィアの戦間期からホロコーストまで―」(大津留厚編『中央ヨーロッパの可能性揺れ動くその歴史と社会』)によるものである。(解答欄は、[№1])
20 世紀初頭の東中欧において、多くの民族が、ロシア、ドイツ、オーストリア=ハンガリーという三つの帝国に分割支配され、国民国家の形成を阻まれてきたが、第一次世界大戦後、自分たちの独立国家を手にした。しかし、その実態は、大きな多民族国家であった帝国に代わり、複数の小さな多民族国家が誕生したということであった。例えば、新生ポーランドでは、少数民族として(ア)系や(イ)系を中心に非ポーランド系の国民が人口の 30 %を占めていた。特に、(ウ)やルーマニアと国境を接する東ガリツィア地方(当時のポーランド南東部)では、(ア)系が人口の 62 %、(イ)系が人口の 12 %以上を占め、ポーランド系は人口の 4 分の 1 以下であった。ただし、この地方の中心都市ルヴフでは、1931 年の統計によるとポーランド系は人口の半数、(イ)系は人口の 30 %以上を占め、(ア)系は少数であった。(エ)を前提に第二次世界大戦が開始されると、東ガリツィアは、まず(ウ)に占領され、そして(オ)年にはドイツに占領された。両占領国の政策は陰惨であり、また占領下でもポーランド系と(ア)系、(イ)系の民族対立が続いたため、この地には苛烈な惨禍がもたらされた。第二次世界大戦後、東ガリツィアは(ウ)に併合されて、(ア)系以外の諸民族のほとんどは国外退去となった。西寄りに国境が移動した戦後ポーランドは、ポーランド系が圧倒的多数を占めて、ほぼ単一民族国家となった。
1. ア ユダヤ イ ウクライナ ウ ベラルーシ エ ミュンヘン協定 オ 1939
2. ア ウクライナ イ ユダヤ ウ ソ連 エ モロトフ=リッベントロップ協定 オ 1939
3. ア ウクライナ イ ユダヤ ウ ソ連 エ モロトフ=リッベントロップ協定 オ 1941
4. ア ユダヤ イ ウクライナ ウ ベラルーシ エ ミュンヘン協定 オ 1941
5. ア ウクライナ イ ユダヤ ウ ソ連 エ ミュンヘン協定 オ 1939