第7問配点 3点
日本の憲法史に関する次のアからウまでの各記述について、それぞれ正しい場合には1を、誤っている場合には2を選びなさい。(解答欄は、アからウの順に[№13]から[№15])
ア. 大日本帝国憲法の下では、天皇が有していた、作戦用兵の目的のために陸海軍を統括する統帥権について、国務大臣の輔弼の対象外とされたため、帝国議会は関与し得なかった。[№13]
イ. 大日本帝国憲法の下では、内閣制度は憲法で規定されていなかった。また、帝国議会の権限が強く保障されていたので、各国務大臣は天皇ではなく帝国議会に対して責任を負うとされていた。[№14]
ウ. 日本国憲法成立の法理に関する八月革命説は、ポツダム宣言の受諾によって天皇から国民に主権者が変更されたという説は現実社会の変化にそぐわない全くの擬制的な説明であると批判して、ポツダム宣言を受諾した1945年8月から革命が漸進的に進行し、占領体制から脱して国家主権を回復したときにその革命が成就し国民は真の主権者となった、とする説である。[№15]