第3問配点 3点
清朝末期の歴史は,往時の大国である中国が列強に権益を浸食される歴史でもあった。19 世紀以降の清朝による対外条約などについてまとめた次の【年表】の各下線部について説明した記述として最も適切なものを,後記1から5までの中から選びなさい。(解答欄は,[№3])
【年 表】
| 西暦(年) | 出来事 |
|---|---|
| 1842 | (1)南京条約 |
| 1858 | アイグン条約 |
| 1860 | (2)北京条約 |
| 1881 | イリ条約 |
| 1885 | (3)天津条約 |
| 1895 | (4)下関条約 |
| 1901 | (5)北京議定書 |
| 1911 | 辛亥革命が始まる |
| 1912 | 中華民国が建国される |
1. アヘン戦争の結果として締結された下線部(1)の条約では,イギリスが,香港島の割譲,広州など主要 5 港の開港,纏足(てんそく)の廃止などを清朝に認めさせた。
2. アロー号事件の結果として締結された下線部(2)の条約では,イギリスとロシアが,天津の開港,キリスト教布教の自由,九龍半島南端のイギリスへの割譲などを清朝に認めさせた。
3. ベトナムの保護国化をめぐる戦闘の結果として締結された下線部(3)の条約では,フランスが,ベトナムの宗主権を清朝に放棄させた。
4. 日清戦争の結果として締結された下線部(4)の条約では,日本が,朝鮮の独立,台湾や威海衛の割譲,2 億両の賠償金などを清朝に認めさせた。
5. 太平天国の乱の鎮圧後に締結された下線部(5)の取決めでは,日本とロシアを主力とする連合軍が,多額の賠償金と外国軍の北京駐留を清朝に認めさせた。